第6話 デート

 サイクリングは楽しかった。薫は常に遥の前を走り、安全を確認してくれた。

 遥の速度にあわすことに気を使い、峠越えでは後ろに回り声をかけてくれた。

 とにかく細かいところに気が付き優しかった。


 これに騙されるんだろうなあ、女たちは。自分もその一人であることを自覚しながらも、遥は半分呆れていた。

 元気な朝のうちに生駒を超え、平群から斑鳩に入り休憩。橿原神宮で昼食。

 お握りと薫のリクエストで卵焼きを作った。ちょっと焦げたけれど、おいしいと言ってくれたのが嬉しかった。


 昨日から母親に習った甲斐はあったみたいだ。おかげで昨夜の夕食は卵焼きがメインになった。父親がぶうぶう言ったが、母親が押し切ってくれた。ありがとう、さすが母親。薫のことは父親には内緒だ。まだ付き合っていることは話せない、ではなくて付き合い始めてもいないから言えるわけがなかった。


「たこさんウインナ―とうさぎのリンゴか、うれしいなあ」

 薫は本当にうれしそうだ、お母さんは作ってくれないのだろうか。

「先生から言われた、話してあげたらって」

「なにを?」

 遥はドキドキした、自分の想ったことが通じたような気がしたからだ。


「うちの親のこと、先生が口を滑らしたって白状した。ありがとうね、しらないふりしてくれて」

「ううん、薫が話してくれるまで聞かないつもりだったから」

「別に、秘密でもなんでもないんだ」


 薫の本当のご両親は、飛行機の事故で無くなって、叔母さん、お父さんの妹にあたる今のお母さん夫婦が育ててくれたらしい。 育ての父親は、大学の教授だったというが、学生運動に巻き込まれたことで大学をやめ、その後やはり事故で亡くなったという。


 だから、生活は楽ではなかったらしいが、新聞配達と、女性の援助で家計に負担をなるべくかけないようにしてきたという。

 もっとも今の母親が高校の教師になってからは、生活の心配はなくなっているらしい。それでも、奨学金をもらい、夏休み、冬休みごとに郵便配達のバイトをしているという。部の合宿に出てこないのも、そういうことだったのかと、初めて遥は納得した。

 先生が何かひいきをしているとばかり思っていた。考えてみればそんなわけはない。


「ごめんね」

 遥は自分が思っていた以上に薫はまともな奴だと気が付いた。はっきり言って、もっとちゃらちゃらした、ナンパ男という印象を持っていたのだ。だから、どうして自分がそんな奴に振り回されているのかがわかっらなくて悩んでいた。絶対タイプではなかったはずなのだ。


「え、何謝ってんの、やらしてくれないこと」

「ばか」

 自分の顔が赤くなっているのがわかった。

「誤解してたから、いろいろ」

「女たらしの変態だって?」

「うん」


「まあ、あながち間違いではないな。さっきから、遥のパンツが気になって仕方がないぐらいだから」

 薫は遥の股間を指さした。

「え、きゃあ」

 想わず悲鳴を上げた、ショートパンツのファスナーが開いていた。

 トイレに行ってから全開だったのだ。


「ばか、やっぱり変態だ」

「誘われているのかと思ってさ」

 ないかおかしくなって、ふたりして笑ってしまった。


 午後は明日香村に行って、不思議な巨石群を見た。薫が諸説をあげて説明してくれた。意外と博学だ。


 帰りは香芝町を抜け柏原にでて外環状線を一直線。そこそこハードなコースだけど薫と一緒だとそれほどでもなかった。

 ちょうどライトをつけ始めるころに家についた。

「自転車、明日掃除しよう一緒に」

 確かにこのまま部屋には持ち込めない。

「うん、わかった、ありがとう」

 遥がそう言ったとたん、薫に抱きしめられ、キャッと思う間もなく、唇が重ねられた。


「じゃ。おやすみ」

 薫は遥の反応を確かめもせずに、自分の部屋への階段をかけていった。

 遥は小躍りしたくなった、初めてのキス。いろいろあるけど、とにかくうれしかった。







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