第3話 部屋に呼ぶ

「フルお帰り、あれお客さん」

「うん、部活の後輩、この奥に住んでる杉浦君」

「杉浦、あのS学園の先生の」


「え、杉浦君のお母さん先生なの」

「何言ってるのみんな知ってるよ、あんたってホントに」

 ほんとになんだっていうのよ、ふんだ。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」

 お母さんなんかうれしそう。


 葵の家といったけれど、最初から相手の家では、やられに行くようなものだと気が付いた、考えすぎかもしれないが、相手は手が早いはずだ。

 それで遥は彼を自分の家に連れてくることにした。

 後で母親には冷やかされることになりそうだけど仕方がない。


「遥さんお母さんにフルって呼ばれてるの?」

「ああ、あれ、うん」

「なんで」

「私さぁ四月一日生まれなの。だから、エイプリルフール、それが短くなってフルになったの」


「四月一日? 昭和三十三年の?」

「そうだってば、そんなに年上って言いたいの?」

「俺さあ、四月六日生まれなんだよ」


 え、って思った。たった五日しか違わない、それなのに私は彼の一年先輩か、得をしたのか損をしたのか。

「じゃあ、今日から先輩の呼び方はフルだね」

 一気に格が落ちたような気がする。


「ね、この部屋に今まで男子は来たことある?」

「ないよ、葵が初めて」

 きゃー、葵って言ってしまった。胸がドキドキする。


「だろうなあ、しかも今日俺を呼ぶつもりなかったよね」

「なんで、私がもてないって言うの」

 だめだつい言葉が、僻みっぽくなっている。

 葵が、くすっと笑った。


「ちがうよ、あれ」

 葵が指さす方向を見て、顔が熱くなった。

「きゃ、やだエッチ」

 そこには取り入れるのを忘れていた、ブラジャーとパンティーが三枚、干されたままになっていた。しかも色っぽくもなんともないごく普通の綿の安いやつ。


 慌てて、洗濯ものを取り込もうとして、ベッドにつまずいてひっくり返りった。派手な音とともに、スカートが捲れた。

「大丈夫、って見えてるよ」

「ったく、フルったら何やってるの、誘うならもっと色っぽくやりなさい」


 部屋の入り口、と言っても単なるふすまだけど、母さんが、飲み物とお菓子の入ったお盆を手に呆れている。

「なに母さん立ち聞きしてたの?」

「そりゃあ、気になるわよ、こんなカッコいい男の子を引っ張り込むんだもの」

「杉浦君、見てのとおり、おちょっこちょいな娘ですけどよろしくお願いね」


 おいおい、やめんか

「もう、お盆置いたら行って行って」

「捌けたいいお母さんだね、うちのといい勝負だ」

「そうなのS学園の先生だってさっき」

「両親の話はそのうちするよ」

 葵の表情が、少しばかり曇ったように見えた、着のせいかもしれない。


 事情があるのか、まあいいや話してくれるまで無理には聞かない。というより家族のことはペンディング、心のメモに書き書きと。


「それより、冴子先生のことどこまで知ってるの?」

「やってるでしょ」

 ちょっとはしたない言い方だったかも。

「なんでそう思うの」

「見てたらわかるよ、うちの真下でいちゃつくんだもの」


「そっか、そうだね、否定しない」

「好きなの?」

「嫌いじゃない」

「なんかずるい言い方だ」

 葵は、まっすぐ遥の目を見ると言った。


「まだ十六だよ、そんなことわからない、そう思わない? なるようになるってしか言えない」

「マミとは別れたの?」

「フルはよく見てるなあ」

「葵が引っ越してきたときから気になってたもの」

 言ってしまった、まあいいと思う、葵は本音で話している、なら自分もと思ったのだ。


 葵はちょっとびっくりした顔をした。おいおいそんなに意外か。

「とりあえずありがとう。真美には彼ができた。要するに振られた」

 あんまり残念でもなさそうだ、冴子先生がいるから?


「ね、その自転車、神金のペガサスだよね」

 明らかに話を変えたが、まあいいや、最初から問いただしすぎると、きっと嫌われる。

「わかる?葵のはガンウェルだよね」

「うん、前の家が近かったんだ、それと性能の割にお買い得だし。フルの、自転車置き場に止めてあったよね」


 見ては、いてくれたんだ。

「葵が気が付いてくれるかと思ったんだけど」

「ごめん、なんでフルみたいな女性がいるのに、気が付かなかったんだろう」

 真美に夢中だったからだろ、のどまで出かかったが言わなかった。


「こんどサイクリング行く?」

「どこ? お弁当作るけど」

 誘ってくれた、小躍りしたい気分だった、思い切って声をかけてよかった。まだ第一歩だけど進展は進展だ。


「ほんとに、俺ね卵が好き、卵料理なら何でも」

「いやお弁当のおかずじゃなくて、どこ行くの、泊りはまだ嫌だから」

「ね、フルって変わってるって言われない? さすがに初デートで泊まろうって俺でも言わない」

 そうか、自分では思わないけど、変わってるのかな。

「明日香なんてどう、俺まだ行ったことないんだ、行こうと思ってたんだけど」
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る