外の世界

三鹿ショート

外の世界

 何時の頃からか、彼女は外の世界に出ることを望むようになった。

 家の中から外を見ることすら嫌っていたことを思えば、彼女の考えが変わったということなのだろう。

 その変化は喜ばしいことだったが、私は許すことができなかった。

 何故なら、外の世界は危険に満ちているからだ。

 そのことを、彼女は身を以て知っているはずである。

 外に出ることを諦めさせるために、私はその件について何度も話していたのだが、その度に彼女は暗い表情と化していた。

 彼女が味わった苦痛を思えば、仕方の無いことだろう。

 それを思い出させてしまうことに、私は申し訳なさを覚えていたが、彼女の安全を思うのならば、私は自分が悪人と化すことに抵抗は無かった。


***


 彼女の気分を晴らすために、私は度々差し入れをしていた。

 外の世界で流行しているものなどの他に、粗悪な人間を土産として彼女に贈っていたのである。

 彼女は流行しているものよりも、人間の方が嬉しいらしく、笑顔で刃物や鈍器を使用しながら、相手の生命を奪っていた。

 何故、私が彼女にそのような人間を贈るようになったのか。

 それは、彼女が心ない人間の手によって傷つけられた心を、少しでも癒やすためである。

 彼女のような人間を欲望の捌け口としてしか見ていない人間たちを傷つけることで、彼女の気が少しでも晴れることを私は願ったのだ。

 だが、彼女が外の世界を恐れるようになった元凶は、既に私の手でこの世から放逐している。

 その様子を、私は彼女に見せていた。

 爪を一枚一枚丁寧に剥いでいき、全身の皮膚を薄く切り取っていき、指の間に釘を挟んだ状態で相手を殴りつけ、腹部に穴を開けては、彼女がその身に味わったことを再現するかのように、熱した鉄の棒を何度も突き刺していった。

 やがて相手は絶命したが、そのことで彼女の気が完全に晴れることはなかった。

 しかし、彼女が私の行為に関心を抱いていることは分かっていたために、私は外へ向かうと、彼女を傷つけた相手に似ている人間を捕らえ、彼女への土産としていた。

 彼女に刃物を渡すと、どうするべきか困惑したような様子を見せていたが、相手の腕に刃物を突き刺し、相手が叫び声をあげると、彼女の目は輝いた。

 既にこの世を去っているにも関わらず、喜びの声をあげながら刃物を振るうその姿を見て、私は嬉しく思った。

 それから何人もの人間の生命を奪っていたのだが、彼女が外の世界に出ることを望むようになったということは、心の傷はある程度癒やされたということなのだろう。

 だが、出端を折られてしまう可能性も存在している。

 彼女が優位に立つことが出来ているのは、私が相手を捕らえているためであり、道端で突然襲われては、一溜まりも無いのである。

 だからこそ、彼女に思い出したくも無い出来事を思い出させては、外の世界に対する想いを打ち消そうとしていたのだった。


***


 私は、眠るべきではなかった。

 公園の物陰で、見知らぬ男性の手によって身体を汚された彼女の姿を見つめながら、私は後悔の念に苛まれた。

 おそらく、私が眠っている隙に、彼女は自宅を飛び出したのだろう。

 そして、久方ぶりの外の世界に浮かれているところを狙われたということに違いない。

 男性は私の存在に気が付くことなく、笑みを浮かべながら、悠々と着替えている。

 私は近くに落ちていた石を拾うと、それを使用して男性の頭部を殴りつけた。

 男性は膝をつき、激痛に呻いているために、私は手を緩めることなく、男性を殴り続けた。

 やがて男性は動かなくなったが、私を油断させるための演技だという可能性を考え、私は男性の頭部に追撃を加えていった。

 そのような行為を続けていると、不意に、光が私を照らした。

 何者かが懐中電灯を使っているのだろう。

 同時に、私の行為を咎めるような声が聞こえてきた。

 私は手にしていた石を地面に落とすと、懐中電灯の持ち主に振り返った。

 相手が制服姿の人間だということに気が付いたところで、私は涙を流しながら、男性を指差した。

「欲望のままに、私を襲ったのです。こうしなければ、どのような結果になっていたのか、想像もしたくありません」

 私はわざとらしく泣き声を出しながら、その場にしゃがみ込んだ。


***


 私が罪に問われることはなかったが、あの事件以来、彼女は姿を消した。

 この身体は本来彼女のものだったのだが、今では弱った彼女を支えるために生み出された私が主導権を握っている。

 私は毎日のように鏡に向かって呼びかけているが、彼女が反応することはなかった。

 彼女を守ることが使命である私にとって、彼女として生きることは、想像もしていなかった。

 ゆえに、私に出来ることといえば、彼女が戻ってくるまで、この肉体を生かし続けるということだった。

 彼女として生活を続け、様々なものに触れていたが、私に生き甲斐と呼ぶことができるようなものが生まれることはなかった。

 私が誕生した理由を思えば、当然のことだろう。

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外の世界 三鹿ショート @mijikashort

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