第二十五話 大魔女様のお薬、次の犠牲者は?
「あの
「さっきのことって、どの部分がですか?」
お茶会も無事に終わり、女王様はお城に、大魔女様は魔女の森に戻っていった。私達は勤務時間が終わったので、それぞれ着替えにロッカーに向かう。その途中、
「酒で騒ぐのは海賊に任せた的などうのこうの部分です」
「ああ、そのことですか。さすがに社員食堂でお酒を飲んでドンチャン騒ぎはないですよ。いくら海賊でも」
笑いながら否定する。それを聞いて少し安心したらしい。
「だったらさっきのは、ここならではの大魔女さんと一関さんの冗談だったということですね?」
「そこが微妙なんですねえ。なにせここは夢の国ですし、ただのオレンジジュースでも酔っぱらって大騒ぎしちゃう場所なので」
「あー……なんとなくわかったような気がします」
天童さんもそろそろ、ここの人達の行動パターンが読めてきたようだ。
「ご理解いただけて恐縮です。ただし、夢の国の外での酒豪ぶりは本当なんですよ。店のお酒の在庫がスッカラカンは、私も実際に見てますし」
「そっちにも誘われるわけですね。まだまだ新人のびっくり体験は続きそうだな」
楽しそうと言うか困ってそうと言うか、とにかく複雑な表情で笑っている。
「新人さん歓迎会って警察でもあるんでしょ?」
「もちろん。普段がお堅いせいか、飲み会はとんでもなくハッチャけることが多いですけどね」
「へー。海賊団との飲み会が終わったら、どっちがすごかったか教えてください」
どっちもすごそうだけど。
「けど海賊団との食事会がまだなこと、すっかり忘れていました」
「本当は、マスコット達との昼食会の後にする予定だったらしいんですけど、船長が忙しすぎてなかなか日程が決まらないらしいです」
「それはアクターとして多忙だということですか?」
海賊は子供達に大人気だから、パレードやショーがなくてもパーク内ではほぼ出ずっぱり状態だった。顔が見える分、船長はなかなか代役をすえることが難しい存在でもあるのだ。
「いえ。海賊じゃなくて、管理職としての
「ああ、そっちなんですね」
「両立できるなら続けても良いというのが、社長から出た条件なので」
「だったら今日のお茶会に顔を出しても良かったのに。あの時間だったらショーもない時間ですし、問題なかったはずでは? 海賊にお茶会が似合うかどうかって話でもありますが」
「あ、それダメです、絶対ダメなヤツ」
あわててダメ出しをした。
「なぜ?」
「女王様と船長は犬猿の仲なんですよ。女王様からしたら海賊は夢の国の平穏を脅かす存在なので。お城の衛兵と船長の手下も超絶仲が悪いです。その二つの派閥が同じ場所にいると十分で戦争です」
彼らが同じ場所にいたらお茶会どころではなくなってしまう。とにかくお互いに『混ぜるな危険』な存在なのだ。
「そういうことですか」
「はい」
納得してもらえたようだ。
「じゃあ海賊との飲み会が終わるまでは、新人のサプライズは続くわけだ」
「実のところ、新人ならではのサプライズ行事はもう一つあります。それは私も体験してることなんですけど」
「もう何が来ても驚きませんよ、俺。遠慮なくどうぞ」
だったら良いのだけれど。
「魔女の森で調合薬が売られているのは見てますよね」
「ジュースですよね」
「それです。なら、あそこに真っ黒な失敗作が並んでるの見たことありますよね?」
天童さんは「ああ、ありましたね」とつぶやきながらうなづいた。
「どんな味かわからないですが、あれを買う人がいるのに驚きました」
「とりあえずは飲んでも大丈夫な味にはなってます。で、年に一度あの失敗作の味が変わるんですけど、天童さん、それの試飲会に呼ばれますから」
「え?」
もちろん警備部だけじゃない。各部署にやってきた新人さん全員が呼ばれるのだ。
「年に一度の新作試飲会に、新人さん達が呼ばれるんですよ。別にいやがらせというわけではなくて、正式なテーマパーク業務の一つなので、厳密にはサプライズじゃないんですが」
「試飲会ですか。しかも失敗作の」
「あれもれっきとした売り物なので」
名前が「失敗した調合薬」というだけで、ちゃんとした商品だ。色がアレで味がアレなだけで。
「成功作に関してはほとんど固定なので、試飲する機会はほとんどないんですよ。ただサプライズ品の失敗作に関してはワンパターンになりがちなので、新作開発を兼ねて新入社員に試飲してもらうんです」
「ちなみに一関さんの時はどんな味でした?」
恐る恐るの質問だ。
「お肉味のソーダでした。もちろん色は真っ黒です。なかなか評判良かったですよ?」
「その評判というのは味的な?」
「飲めなくはないけど意外性があるってやつで。売り上げもなかなか良かったみたいです」
「チャレンジャーな人もいるもんですね」
ドン引きしているようだ。
「ちなみに今年の失敗作は、某メーカーのお好み焼きソース味ソーダだそうです」
そのせいもあって、今年は真っ黒な飲み物ではなく茶色系の飲み物だった。
「辛い系と生臭い系はないので安心してください。ああ、くさい系もかな。でも……」
「でも?」
「そろそろ納豆系が出てきてもおかしくないかなあって」
「それはくさい系では? 納豆はきらいじゃないですが」
「ですよねえ」
私も納豆は平気だからにおいは気にならないけど、言われてみればそうかもしれない。
「とりあえず人が安全に飲めるモノというのが最低条件なので」
「なんとも恐ろし気な試飲会になりそうですね。うっかりカエルやネズミになってしまう社員が出そうだ」
「お、わかってきましたねえ、天童さん」
ロッカールーム前についたので、それぞれ着替えるために部屋に入った。
「あ、袖のボタンが取れかけてる」
上着を脱いだところで、袖口のボタンがプラプラしているのに気がついた。あわてて他のボタンのチェックをする。幸いなことに袖口だけのようだ。
「ボタン落ちてなくて良かった~。ボタンつけ、頼んでおかないと」
ちなみにここの制服は、パーク外への持ち出しを禁じられている。クリーニングや修繕は、パーク内に作業場を開設している業者さんにお願いする決まりになっていた。ボタン一つ程度なら、朝には引き取れるはず。専用の手提げ袋に入れると、それを持ってロッカーロームを出た。
「お待たせしました」
「俺もいま出てきたところなので。あれ、どうかしましたか?」
天童さんが手提げ袋を指さす。
「袖口のボタンが取れかけているので、修繕をお願いしておこうと思って。ちょっと寄り道しても良いですか?」
「かまいませんよ。すぐそこですから寄り道のうちにも入りませんし」
ちなみに私と天童さんは勤務時間が終わっているので、それぞれ別々に帰宅しても問題なかった。ただ、午後からの勤務時間になるとパークを出る時間がかなり遅くなる。それもあってか遅番の時は、こうやって電車に乗るまで同行してくれるのだ。それは前に組んでいた
駅についてホームに上がると、ちょうど電車が到着したところだった。ここから乗るお客さんのほとんどは、パークから自宅に戻っていく人達だ。両手に、大きくふくらんだパークのイラストがプリントされた袋を持っている。その人達に混じって電車に乗ると、空いている席に座った。席に落ち着いてから天童さんの横顔を見る。案の定いつもの顔つきになっていた。本人は気がついていないみたいだし、そろそろ指摘する頃合いかも。
「天童さん天童さん」
「はい?」
ヒソヒソとささやくと、こっちに顔をかたむけてくる。
「目つきが怖いおまわりさんに戻ってますよ。今のところ
私の指摘に天童さんがほほ笑んだ。
「ああ、すみません。いつものクセで」
「いつもって、一体どんなクセなんですか」
電車に乗ると目つきが悪くなるクセって一体なに? もしかして電車が嫌いとか?
「もしかして電車が苦手とか?」
「いや、手配犯らしき人物がいないかな探すのが習慣になっているので」
「えー……なんですか、それ」
こうなってくると脱パーントゥを達成しても、天童さんから
「それに専念する刑事もいるんですけどね。こうやって外出する時は、それとなく気をつけるようにしているんです」
「でもここ、大きなテーマパークがあって人がいっぱいですよ?」
「手配犯は山奥でひっそり隠れているとは限らないんですよ。意外とこういう場所にいたりするんです」
「えー……」
とても信じられない。
「だから警備部の控室とモニター室にもあったでしょう、手配犯のポスター」
「あー、そう言えばあったような気が」
実のところ、あまり真面目に見ていなかったとは言いにくかった。
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