第二十四話 女王様と大魔女様とのお茶会

 その日の巡回が終わり控室に戻ってくると、舘林たてばやしさんが私達宛の招待状をあずかってくれていた。


「さっき城の衛兵が来て置いていったぞ。天童てんどう君とかおるちゃん宛だと」

「ありがとうございます。天童さん、これがお茶会の招待状です」


 白と金色の浮き出しが入った封筒で高級感がある。そして封も封蝋ふうろうが使われていて本格的だ。


「なかなか本格的ですね」


 天童さんはそう言いながら招待状を受け取り、封を切って中を確かめる。私もさっそく開封して手紙を取り出した。メッセージが書かれている便箋も、金色の枠が印刷された見るからに高級そうな紙だ。そしてとてもいい匂いが漂っている。これは女王様がいつも使っている、スミレの香水の香りに違いない。


「うわー、本当にお茶会の招待状だ。あ、女王様と大魔女様の連名のサイン付きですよ。これ、プレミアつくかも」

「だからってネットオークションに出すなよ?」


 舘林さんが笑いながら言った。


「もちろんですよ。自分宛に来た招待状をネットオークションに出すはずないじゃないですか。ていうか、いくらお金を積まれても渡しませんよ。これは我が家の家宝にするんですから」

「家宝にするのか」

「当然です。額縁に入れて飾っておきます!」


 次の休みの日には相応しい額縁を買いに行かなくては!


一関いちのせきさん、招待状には正装で来るようにと書かれていますが、これは」


 天童さんが質問をしてきた。


「ああ、それはパークの制服でってことです。つまり今着ているこれのことですね」

「なるほど。じゃあいつもと同じように食堂に行けば良いわけですね」

「そういうことです。あ、お茶会まであまり時間ないですね。急いで業務日誌を書かないと」


 今日は迷子さんに4件も遭遇しているので、それなりに書くことが多いのだ。


「俺が書きますよ。そろそろ業務日誌も書き慣れておかないといけないでしょうし」

「じゃあお願いします」

「任されました」


 天童さんは日誌を手にデスクに落ち着くと、さっそく日誌に書き始めた。


「こういうのって、おまわりさんも書くんですか?」


 装備をはずして棚に起きながら質問をする。


「刑事になってからはほとんどなかったですが、交番勤務の時は毎日のように書いてましたね」

「へー、警察にも業務日誌ってあるんだ」


 日誌が書き終わったのはお茶会10分前だった。


「そろそろ行かないと衛兵が突撃してくるかも。じゃあお茶会に呼ばれてきます」

「おお、行ってらっしゃい。女王様と魔女婆さんによろしくな」

「舘林さん、婆さんなんて言ったらカエルにされちゃいますよ?」


 舘林さんに見送られ、笑いながら控室を出る。


「大魔女さんはお年寄りなんですか?」

「シーッですよ。そんなこと言ったらカエルにされます!」


 実際のところ大魔女様は年齢不詳という設定になっている。ちなみに女王様は不詳ではないけれど、年齢をたずねたらお仕置きで地下牢行きということになっているらしい。夢の国でもタブーはあるのだ。まったくもって恐ろしい。


「そもそも女性に年齢を聞くのは失礼だと思います。今は聞かれても平気な人のほうが多そうですけど」

「なるほど。失礼がないように気をつけておきます」


 食堂に到着すると先に天童さんを行かせる。主賓しゅひんを先に行かせるのが付き添い役の務めだと思ったからだ。


「一関さん、食堂が大変なことに」


 入ってすぐに立ち止まると、そう言いながら回れ右をして廊下に出てきた。その顔は宇宙人にでも遭遇したみたいな状態になっている。天童さん越しに食堂の中を見た。そこに拡がる光景に、天童さんの気持ちがわかる気がした。


「そりゃまあ、女王様と大魔女様のお茶会ですからね。あれぐらい取り巻きはいて当然ですよ」

「取り巻きって。武器を持っている連中がいるじゃないですか」

「衛兵と言ったらやっぱりやりを持たなきゃでしょ。あ、でも大丈夫ですよ。それなりに重たいし硬いけど、突き刺さったりはしませんから」

殺傷さっしょう能力があるかどうかの問題ではない気が」


 天童さんはぼやきながら、恐る恐る食堂の中をのぞき込む。そんな姿を見つけた大魔女様が、ニコニコしながら手招きをしてきた。


「ほら、呼ばれてるじゃないですか。早くいかないと」


 そう言いながら背中を押す。


「もしかして俺の席って、あの二人の間ですか?」


 女王様と大魔女様が座っている席の間に、一人分のスペースが空いているのが見えた。


「だと思いますよ。少なくとも私が座る場所じゃあないですね」

「押さないでくださいよ」

「押さないと進まないじゃないですか、天童さん」


 問答無用もんどうむようで背中を押しながら食堂に入る。


「お待たせしました~~。お茶会、ご招待ありがとうございます!」


 今日の食堂は、いつもと雰囲気も内装もまったく違っていた。普段は可愛い系ではあったけど、あくまでも社員食堂の範疇はんちゅうだった。だけど今日は違う。よく言えばきらびやか。悪く言えば金ピカで派手派手。女王様と大魔女様がくることになったので、お城関係と魔女の森関係のスタッフが特別仕様で飾り立てたのだろう。


「しかし本格的にお城のお茶会ですね、これ。ちょっとやりすぎじゃ? 戻すの大変そうですよ?」

「このぐらいはしませんと。なにせ女王陛下がお越しになる場所ですから」


 そう言ったのは、いつも女王様のそばに控えているメガネ執事さん。多分この人が陣頭指揮をとったのだろう。それにしても、短時間でよくもまあここまで用意できたものだと感心してしまう。役柄だけではなく中の人も事務方として優秀なんだと思われる。


「天童様はこちらに。一関様はそちらに」


 それぞれの席に案内された。予想通り、女王様と大魔女様の間に天童さんは座らされる。


「あらまあ、なんて顔。もしかして私に食べられちゃうとでも思ってるのかしらね、新しいニンゲンさん」


 大魔女様がおかしそうに笑った。


「いえ、そういうわけでは……」


 そう言ったものの落ち着かない様子。ちょっと気の毒に思えてくる。私達がそれぞれの席に落ち着くと、女王様がティースプーンでカップをたたいた。するとそれまでざわついていた衛兵や妖精達が、あっという間に静かになる。


「さて、ではさっそく新しいニンゲンを歓迎するお茶会を始めたいと思う。本来なら、もっと大規模なパーティーを開くべきところではあるが」


 そこで女王様が言葉を切り大魔女様に顔を向ける。大魔女様はうなづくと女王様の言葉を引き継いだ。


「ほら、普段の私達は忙しくて準備に時間をかけていられないじゃない? 海賊団の夕食会もまだみたいですものね。だから二人合同で、簡単にお茶会をすることにしたの」


 その間にメガネ執事さんとメイド頭さんが全員にお茶を注いで回る。


「お茶で乾杯をするのも締まらない気はするけど、お茶会だからしかたないのよね」

「すまぬな、天童殿。足りない分はわたくしの投げキッスで勘弁してほしい」


 とたんに衛兵やメイドたちがざわつきだした。あの新しいニンゲンは女王陛下から投げキッスを受けたらしいと、あっという間に大騒ぎだ。大魔女様があらあらと笑いながら、ティーカップを強めにたたいた。


「ほらほら、静かになさい、あなた達。静かにしないとカエルにするわよ」


 そう言われて渋々といった様子で口を閉じる衛兵達。だけど中にはやりをゆすっている兵士もいたりして、なかなか不穏な空気は消えなかった。


―― めちゃくちゃ楽しすぎる! 天童さんの指導係になって良かった! ――


「投げキッスに不満がある者は、お茶会の後でわたくしのところに意見を言いに来るがよい。それではみなにお茶は行き渡ったか?」

「行き渡りましてございますよ、女王陛下」


 メガネ執事さんがうやうやしく答える。


「では」


 女王様と大魔女様が立ち上がりカップをかかげた。


「警備部に新しくやってきた天童殿を歓迎して。ようこそ、我が夢の国に!」

「「「ようこそ我が夢の国に!!」」」


 女王様の声の後に全員が続く。女王様と大魔女様がお互いのカップをカチンッと鳴らし、天童さんのほうにもカップを差し出した。


「歓迎会ならビールとかお酒なんでしょうけど、それだと夢の国らしくないでしょ? だから今日はティーカップで乾杯よ。お酒で大騒ぎするのは海賊さん達にお任せするわ」


 天童さんは大魔女様の言葉にドギマギしながらカップを持って、それぞれのカップと乾杯をする。


「お酒って、ここ職場ですよね? それなのに酒が出るんですか?」


 マジかという顔がこっちを見た。


「可能性は否定できません。なんたってお尋ね者の海賊ですから」


 それこそ夢の国の外で飲みに誘ってもらったことがあったけど、お店にあるお酒がスッカラカンになったことが何度かあった。それぐらい飲む人達なのだ。皆いったいどんな肝臓の持ち主なんだと矢島やじまさんはぼやいていたっけ。


「大丈夫、大丈夫。私も久保田くぼたさんも矢島さんも、健康診断に引っかかることなく元気に生きてますし」

「そういう問題なんだろうか……」


 そう答えた時の天童さんの顔はなかなか見ものだった。

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