第二十三話 怖いのは天童さんか海賊か
「船長もリーダーもありがとうございました」
四人が立ち去るのを見届けてから、船長達に頭を下げた。
「いやいや。今回は本当に偶然だったから、ワガハイ達はさほど労力を使っていないのさ」
「見つけた僕も、近くを散歩していただけだからね~~」
「本当に鳥かご台車は必要ないですか? 船長はともかくリーダー達の森の広場は、ここからかなりの距離ありますけど」
私の再提案にリーダーが考え込む。
「さすがに運動不足はダメかなと思ったんだけど、今日もまだまだイベントあるし、お願いしようかなあ。船長、途中まで乗ってく?」
「もし良ければお願いしよう。しまった。手下どもを解散させなければ良かったな」
そんなわけで鳥かご台車の手配をした。バックヤードに続く大きな出入口のドアが開き、鳥かご台車が出てくる。今回、台車を押すのは船長の手下ではなく、修繕チームの皆さんだ。
「じゃあ送迎をよろしくお願いします」
「任されました~~」
リーダー達が台車に乗り込むと、先頭のスタッフさんが号令をかけ押していく。緊急事態ではないので今日はダッシュなし。
「じゃあね~~」
「ごきげんよう、お二人さん」
手を振って台車を見送った。
「さてと。迷子は解決しましたし、船長とリーダーも元居た場所に戻っていきましたし。私達もパトロールを再開しましょうか」
「ですね」
私達はいつものパトロールのルートに戻った。
「ところで警備部の仕事なんですが」
しばらくして天童さんが話しかけてくる。
「なにか気になることでも?」
「詳しく聞くこともなかったんですが、閉園後の警備はどうしているのかなと。ここが閉園した後も、当然のことながら巡回スタッフはいるんですよね」
「もちろんですよ。警備部は大きく二つに分かれていて、営業時間内と営業時間外で部署はベツモノなんです。ちなみに駐車場の警備スタッフは、例外的に時間外の部署に含まれているんですけどね」
施設の保守点検は閉園している時が仕事時間だ。夜遅く静まり返って見えるパーク内も、バックヤードではかなりの人数が遅くまで、というか早朝まで働いている。
「もしかして天童さん、時間外部署に行きたいとか言いませんよね?」
「ああ、そうか。時間外ならお客さんと接することもないんですね。そこなら脱パーントゥも必要ないと」
良いことを知ったという顔をする。しまった、ヤブヘビだったかも。
「ダメですよ天童さん。天童さんは時間内部署に採用されたんですからね。あっちは今、新しい人材は必要ないですから」
そこは断じて本当だ。天童さんがやってくる半月前に新しく補充したばかりで、今のところ人員は間に合っている。
「そうなんですか? それは残念だなあ」
「そんなこと言ったら部長が倒れちゃいますよ。せっかくこっちで採用したのにって」
「ほら、人には向き不向きがあるわけで」
「そこを努力するのが、ここの警備スタッフとしての第一歩ですよ」
もうそろそろ試用期間も終了するんだけど。
「最初に比べればずいぶんとマイルドになりましたし、脱パーントゥまであとちょっとですよ」
そこは間違いない。……多分。
「そうかなあ」
「私は嘘は言いません。
天童さんが思わずといった感じで噴き出した。私も、自分が天童さんの横で自分がバナナ、バナナと連呼しているところを思い浮かべて、変な笑いがこみあげてくる。
「さっきも思ったんですが、どう考えても、俺より海賊の手下のほうが凶悪な顔をしてますよね。どうして子供達は彼らを怖がらず、俺は怖がられるのか。あっちのほうがずっとパーントゥに近いのに」
なにを言い出いのかと思ったら。おかしくてますます笑えてしまう。
「一関さん、笑い事じゃないです」
「だって、迷子さんのこと親身になって探していたのに、まさかそんなこと考えていたなんて」
「ずっと考えていたわけじゃないですよ。センターに戻ってきて写真を撮った時に思ったんですよ」
たしかにあの時、子供達、特にお兄ちゃんのほうは海賊団と並んでとても嬉しそうにしていた。何日か前に子供に泣かれた天童さんとしては、その差に納得がいかないのかもしれない。
「普通に考えてそうだと思いませんか? パーントゥに似ているのは俺か海賊か。答えははっきりしているじゃないですか」
「まあそりゃ、見た目だけで言ったら海賊のほうがずっとパーントゥに近いですけどね。だけど天童さんの場合、表情だけじゃなく
小さい子達は何気にそういう空気に敏感だしと付け足す。
「空気だってあっちのほうが不穏じゃないですか。あっちは海賊ですよ? 俺は少なくとも民間人です。こんな色の制服を着てますけど」
「ピーコックグリーンです」
「とにかくそのピーなんたらを着ている民間人です」
「まあそこは、アクターさんのすごさとしか言いようがないですね」
それでも納得がいかないらしく、歩きながらブツブツ言っている。
「ほらほら、あまりイライラすると殺気が漏れてきますよ! 心にプラタノフリートを思い浮かべてほがらかに!」
「ちなみに今日のスイーツはピーチタルトで、プラタノフリートじゃないですよ。思い浮かべても食べられないことが確定しているので、あえて考えないようにしてます」
まさかの献立チェック済みとか。
「そこは心の持ちようですよ。桃もおいしいじゃないですか。私はこっちのほうが好きかな」
「まあタルトもおいしいですけどね」
「でしょ? だったら今日はピーチタルトを思い浮かべて乗り切りましょう! 夕方に食べるのが楽しみ!」
ウォーキングの目標距離が長くなったけど気にしない。食べた分は動いて消費すれば良いのだと、自分に言い聞かせる。
「あ、そうだ。今日は戻ったらお茶会なので」
「なんのですか? なにか予定でもありましたっけ? まさかピーチタルト記念のお茶会とか言いませんよね?」
「あー、いいとこ突いてますね~~」
「え、いいとこ突いてるんですか、今ので」
天童さんは
「女王様と大魔女様主催のお茶会が開催予定なんですよ。多分ですけど私達も招待されます。控室に戻ったら招待状が届いているかも」
「え、なんでまた」
「メインの招待客は間違いなく天童さんだからですよ。私は付き添いのおまけみたいなものです」
「え、ああ、もしかしてリーダーが主催した昼食会みたいな」
なんとなく理解したらしい。喜んでいるようには見えないけれど。
「ですです。だから天童さん、いまさら異動したいなんて言ったらお仕置きされちゃいますからね。口は災いの元なので、それは絶対に二人の前で言わないように」
「なんだか会うのが怖いな。大魔女さんはまだ一度も遭遇したことないんですよね、俺」
「大魔女様は魔女の森からなかなか出てこないですからね~」
大魔女様は魔女の森の奥で怪しげな薬を調合していて、なかなか外界には出てこないのだ。
ちなみにお客さんが魔女の森で買うのは『大魔女が調合した薬』と称する様々な飲み物。とてつもない色をしたものも存在するけど、だいたいのジュースはおいしいと好評で、特に夏場はよく売れている。あと、サプライズ商品として大ハズレな味のジュースも存在していて、それはチャレンジャーなお客さんがよく買っていた。
ちなみに私も一度試飲させてもらったことがあって、その時はお肉味の黒い炭酸水だった。
―― あの飲み物が出てきたらどうしよう ――
あれを飲んだら天童さん、本当に仕事辞めちゃうかもと、少しだけ心配になった。あくまでも少しだけ。そんな私を見て天童さんが顔をしかめた。
「なにか良くないお茶会じゃないでしょうね」
「私にはわかりませんよ。主催者じゃないんだから」
女王様と大魔女様のお茶会があるかもとは言われていたけど、聞いたのはそれだけだ。だから私にもなにが起きるかまったくわからない。
「でも、その顔からすると何かありそうな予感はしてるんですよね?」
「まあ何かあったとしても、私も一緒に巻き込まれるので問題なしです」
「一体なにが問題なしかさっぱりわかりませんが」
天童さんがあきれた顔をした。
「つまり天童さん一人が被害に遭うわけじゃないってことです。心強いでしょ?」
「被害ってそれ、良くないことじゃないですか」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、問題ないですよ。皆さん新しいニンゲンには優しいですから。うふふ~~楽しみだな~~ピーチタルト!」
天童さんはとっくに忘れているかもだけど、海賊船長と手下達との食事会もまだ控えているのだ。いろいろと楽しみすぎる!
「一関さん、絶対に良からぬことを考えてますよね?」
「やだなあ、私はなにも聞かされてないですから。天童さんの考えすぎです。ほらほら。顔が怖くなってますよ。バナナと桃を思い浮かべてパトロールしましょう!」
やれやれと首をふる天童さんを引きつれてパトロールを続行する。
そしてその日の私達はさらに三組の迷子さんに遭遇した。迷子になってそれどころじゃなかったのか、幸いなことに子供達は天童さんを見ても「おじちゃんこわい~」とはならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます