第二十二話 迷子捜索隊

「了解です。お子さん達の服装はこの写真と同じですか?」


 天童てんどうさんは画面を見ながら、女性に質問をする。


「はい。この写真、ゲート前で撮ったばかりなんです」

「なるほど」


 無線機を出すと迷子センターに連絡をとった。


「天童です。今から言う服装の迷子さんがいるかどうか、確認をお願いします。あと名前ですが……」


 画像を見ながら服装と名前を伝える。だけどそれらしい子供は保護されていないとのことだった。それを聞いて御両親、特にお母さんは泣きそうな顔になる。


「センターからパーク内のスタッフに連絡を回してもらいますから。大丈夫、すぐに見つかりますよ」


 そう言ってなぐさめながら、私達は迷子センターまで御両親に同行した。センターでもう一度、それらしき子供がいないか、パーク内のスタッフにも連絡をとってもらう。今のところ、まだ見つかっていないらしい。


「俺、探してくる。あいつらが好きなキャラクターがいる、いつもアトラクションの場所にいるかもしれないから」

「ちなみに好きなキャラクターとは?」

「海賊船長とその仲間達です。二人とも船長の大ファンで」


 それを聞いていた天童さんがセンターの受付カウンターに向かった。


「モニター室に連絡をして、海賊船長のアトラクションの画面を重点的に確認するように連絡を入れてください。それと、『今日の手下』にも迷子さん二人が近くにいるかもしれないと連絡を」

「わかりました」


 受付のお姉さんがさっそくモニター室に連絡をいれる。


「じゃあ俺は子供達を探しに行ってきます!」

「自分が同行します。一関いちのせきさんはお母さんと一緒に、ここで待っていてください」

「私も探しに行きますよ? 捜索の目は多いほうが良いでしょう?」

「入れ違いになっても困りますし、不安でしょうから」


 天童さんの視線がお母さんのほうにチラッと動いた。


「ああ、なるほど。わかりました。私はここで連絡を待ちます」

「お願いします」


 二人を見送ると、お母さんを待合室のイスに案内する。


「なにか飲み物でもお持ちしましょうか?」


 センターのスタッフがお母さんに声をかけた。


「ありがとうございます。今はけっこうです」


 そう言ったお母さんはハァァァと大きなため息をついた。


「まったくも~~! なんで迷子になるかなあ。ここは広くて人が多いから、私達のそばから離れないでってあれだけ言い聞かせたのに!」


 私もスタッフも黙っているけど、ここに来る保護者さん達はだいたいこのお母さんと同じことを言っている。大好きなキャラクター達に囲まれたら誰だって夢中なって、大人も子供も自分以外のことはおろそかになってしまいがちだ。だからどちらも責められない。


「お子さん達はここに来たのは初めてなんですか?」

「そうなんですよ。だからきっとはしゃぎすぎたんだと思います」


 とんだ思い出になっちゃったと、お母さんはしょんぼりしている。たしかに初めての夢の国での思い出が、こんなことになってしまったのは気の毒としか言いようがない。


「一関さん、連絡が入りました。お子さん達、見つかったそうですよ。こちらに向かってます」

「本当ですか?!」


 スタッフの知らせに、お母さんがイスから飛び出すように立ち上がった。


「あ、入れ違いになるといけないので、ここで待っていてくださいとの伝言付きですので」

「お気持ちはわかりますけど、まずは落ち着いて」


 センターから飛び出しそうなお母さんをあわてて引き留める。


「怪我もなく二人とも元気いっぱいなので、心配ご無用とのことです」

「ん? それって一体誰からの伝言なんですか?」


 スタッフらしからぬ伝言内容に首をかしげた。


「船長です」

「てことは、本当に海賊船長とその仲間達のアトラクションに?」

「そのようですね。とにかく見つかって良かったです」


 スタッフはニッコリとほほえむ。


「お父さんの予想が当たっていましたね」

「ここに来る前から、二人とも海賊船長の手下になるって大騒ぎだったんです」

「子供達に人気ですよね、海賊団。もっと可愛い系のキャラクターのほうが人気だと思っていたんですけど」

「保育園や幼稚園でも多いみたいですよ、海賊団が好きな子」

「子供達にちょい悪系オヤジが人気とは意外でした」


 私がそう呟くと、お母さんが笑った。


「実は旦那が船長推しで」

「あー、なるほど」


 しばらく待っていると、ものすごい集団がこちらにやってくるのが見えた。子供達と船長とリーダー、そしてそれぞれの手下が複数人。


「あらま、けっこうな集団を引きつれてますよ、お子さん達」

「引きつれすぎ。旦那が泣いてうらやましがるかも」


 お母さんの姿をみつけた子供達二人は、うれしそうに手を振っている。


「めちゃくちゃ良い笑顔ですね」

「スタッフの皆さんに迷惑かけたのに、なんであんなに嬉しそうにしてるかなあ」

「泣いてるより全然いいですよ」


 見つけてもらうまでは心細かっただろうけど、今はああやって楽しそうにしているので良かったと思う。怖い思い出として残るより、ちょっとしたハプニングの楽しい思い出として残ってくれた方がずっと良い。


「だけどリーダーまで一緒とはびっくりだな」


 普段は仲良くケンカしているお互いのグループだけど、今日は子供達をはさんで和気わきあいあいとしている。


「おお、保護者のかたですか。お二人を間違いなくお届けいたしましたぞ?」


 私達の前まで来ると、船長がそう言いながら帽子をとって一礼した。


「船長さんとお話しできた!」

「リーダーと手をつないだの!」


 子供達はお母さんに向かって、ここに戻ってくるまでにあったことを話し始める。とにかくいろいろありすぎたらしく、二人の話は止まらない。その表情を見る限り、楽しいことばかりなのは間違いなかった。


「ありがとうございます、船長、リーダー。こんな早く見つけてもらえるとは思わなくて」

「天童君の連絡が早かったのがさいわいだった。あの連絡が入っている時に、それらしい子供二人を手下が見かけたらしくてね」

「見つけたのは僕が先だったけどねー」


 リーダーが自慢気に体をそらせる。


「それはワガハイの手下が、場所の手がかりを知らせたからだろう」

「でも僕が見つけたのは事実~~僕が先~~僕のおかげ~~」

「わかったわかった。それでだ、名前を聞いたらちゃんと答えられたのでな。すぐに確認できたというわけだ。兄はちゃんと妹の名前も言えたな」

「さすがお兄ちゃんだよね~~」


 男の子は船長とリーダーにほめられて誇らしげだ。そこへ天童さんとお父さんが戻ってきた。


「お前達~~二人で海賊のところに行ってたって? ここは人も多いし広いから、迷子になったら大変だからパパとママから離れるなって言ったな?」


 お父さんもホッとした様子だ。


「僕たちは迷子になってない!」

「迷子になったのはパパとママだもん!!」

「「え~~……」」


 二人の言い分に御両親が「なんでやねん」的な顔をする。そんな御両親の反応を無視して、子供達はさらに海賊の手下に肩車してもらったことや、リーダーのモフモフしたお腹に抱き着いたことなどを話し始める。


「迷子になったことはすっかり無いことになってるな」

「ま、子供達にとって楽しい思い出になってるなら良かったです」


 天童さんは少しだけあきれたように笑った。


「さて、これでワガハイ達の仕事は一段落だな。捜索隊も解散するとしよう」

「どうせなら写真とらない? せっかくこうやって集まったんだしさ!」


 リーダーの提案に子供達が飛び上がって喜ぶ。もちろん海賊推しのお父さんもだ。


「じゃあ私が撮りましょうか」

「もし良ければ警備スタッフさんもご一緒に」


 迷子センターのスタッフがお父さんからカメラを預かり、お母さんは私と天童さんもグループの中に引き入れてくれる。これだけのグループで写真を撮るのは私も初めてだ。撮った写真を確認して子供達は大喜びだった。


「この写真、こちらにも送りたいんですが、どうすれば良いですか?」

「でしたら、ホームページにある伝書鳩君のメールに添付して送ってください。そこでチェックできますので」

「わかりました。家に帰ったらお礼メールと一緒に送りますね」


「では捜索隊はこれで解散だな。ご苦労だった。持ち場に戻って良し」


 船長の解散宣言を受け、手下達は声をあげるとダッシュでその場から走り去る。行き先はもちろん自分達が普段いるアトラクションエリアだ。


「じゃあ僕達も解散だね~~。あんな風に走ってはいけないからのんびり行こう」

「急ぐなら鳥かご台車を呼びますけど?」


 リーダーに提案する。


「ショーの時間はまだ先だから問題ないよ。お散歩しながら戻るよ。じゃあ夢の国の続きを楽しんでね」


 リーダーは子供達にハグをした。


「本当にありがとうございました」

「お世話になりました」

「ありがとー!」

「またね~♪」


「父と母が迷子にならないよう、気をつけてな」

「パパとママのお世話、たのんだよ~~」


 船長とリーダー達に見送られ、四人は次のアトラクションへと向かった。


「子供達が迷子になったんじゃなくて、親御さんが迷子になったということで決着なんだ」

「そういうことになるんですかね」


 私と天童さんも手を振って四人を見送った。

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