第二十一話 不穏ダメ絶対

 休み明けの一日目は遅出だった。着替えて控室に入ると、パトロールを終えた舘林たてばやしさんと矢島やじまさんが外から戻ってきたところだった。


「おはようございまーす」


 あいさつをすると、休憩したり出る準備をしている面々から声が返ってくる。私のすぐあとから天童てんどうさんが部屋に入ってきた。


「おはようございます」


 同じように返事が返ってくる。天童さんはもうすっかり警備部になじんでいた。パトロールも普通にこなせているし警備員スキルも申し分ないので、私としては試用期間を切り上げても良いのではないかと考えている。まあそのあたりは部長が判断するんだろうけど、脱パーントゥができてないと無理なのかな、とか。


 そこまで考えたところで、防犯教室で天童さんに言われたことを思い出した。


「あ、矢島さーん。矢島さんが教えてくれたサスマタを持った時のかまえ、不穏だってダメだしくらっちゃったんですが」

「え、そうなのか? ちなみに誰からダメ出しを?」

「もちろん天童さんからですよ」

「もちろん、とは一体どういう?」

「だって天童さん以外、そんなこと言った人は今までいませんでしたし」


 いきなり私に指をさされたうえに矢島さん達からの視線集中を受け、天童さんは戸惑い気味にその場に立ち尽くす。


「私がサスマタを持ってかまえると、殺気が駄々洩だだもれで不穏らしいです」


 私がそう説明すると舘林さんが笑った。


「そんなことないだろー。少なくとも天童君のほうが、かおるちゃんより駄々洩だだもれてる殺気の量は多いし、部長から脱パーントゥしろって言われたのは、今のところ天童君だけだぞ?」

「一体どうやって量を確かめてるんですか」

「そりゃまあ長年のカンだわな」


 ここに長くいる舘林さんが言うとなかなか説得力がある。だけど天童さんは納得していないようだ。


「そもそもパーントゥは、俺が知らないと言わなかったら話題にすら上がらなかったのでは?」

「今まで話題にすら上がらなかったのは、天童君とパーントゥなみに殺気が駄々洩だだもれている人間がいなかったからだ。つまり天童君だけがパーントゥ領域にまで達してるわけだ」

「もっともらしいこと言ってますけど、それ、絶対におかしいです。どう考えてもヘリクツです」


 天童さんが舘林さんに異議を申し立てる。


「私はパーントゥけっこう好きですけどね。ムチャクチャしますけど」


 この私の意見はまったく無視された。


「とにかく、一関いちのせきさんにサスマタは厳禁です。間違いなくパーク内の空気が乱れます」

「有事の際は別にかまわんだろ。もともと空気が乱れてる状態になるわけだし」

「それはそうですが」


 そこへ、久保田さんが組んでいる警備スタッフと戻ってきた。私達がなにか言い合いをしていると察したのか、入ってきたところで立ち止まる。


「どうした、深刻な顔をして」

「天童君が言うには、かおるちゃんも不穏なんだとさ」

「は? どういうことです?」


 舘林さんの言葉に首をかしげた。


「矢島さんに教わったかまえ方がダメなんだそうです」

銃剣道じゅうけんどうのかまえは不穏なんだと」


 私と矢島さんが付け加えて説明をする。それを聞いて、久保田さんはそりゃそうだとうなづいた。


「そりゃ銃剣道じゅうけんどうは間違いなく不穏だろ。だから言ったじゃないか、そこは空挺くうてい仕込みではなく、機動隊仕込みの制圧術をだな」

「それも不穏だからダメです」


 速攻で天童さんからダメ出し宣言が出た。


「チェック厳しいな、天童氏」

「下手したらそっちのほうが不穏度が高いじゃないですか」

「名前からして不穏だよな。制圧術とか」


 矢島さんがうなづく。


「そうか? 俺的には空挺くうてい仕込みのほうがずっと不穏だと思うけどな。銃とか剣とか」

「俺がかおるちゃんに教えたのは、銃剣道じゅうけんどうの基本的な動きだけだ。お前みたいに、対テロリスト制圧術を教えようとしたわけじゃないぞ」


 久保田さんと矢島さんはお互いに憤慨している。そして天童さんは「どっちもどっちだろ」と言いたげな顔をしていた。そして何故か私を見る。


「なんですか?」

「いえ。矢島さんと久保田さんへの接近禁止令は、一関さんにも出したほうが良いのでは?と思えてきました」

「言っときますけど、私はパトロール中に殺気が駄々洩だだもれになんてなってませんからね?」

「今のままだと近い将来そうなりそうな気がします」


 表情から察するに、わりと本気でそう思っているようだ。


「そんなことないですよ」

「そんなことあると思います」

「だとしても非常事態の時だけですよ」

「だと良いんですけどねえ」

「それについては後でゆっくり話し合いましょう。そろそろパトロールに出ないと」

「そうでした」


 私達はいつものように無線機と特殊警棒を装備すると、まだ言い合いをしている久保田さんと矢島さんを、ニヤニヤしながら見ている舘林さんに「パトロールに出発します」と伝えて外に出た。


「そういえば一関さん、警備部の人達には名前で呼ばれているんですね」


 しばらくして天童さんがつぶやく。


「え?」

「控室で舘林さんと矢島さんが、一関さんのことを名前で呼んでいたので」

「ああ、それですか。警備部では職歴はともかく、年齢的に私が最年少なんですよ。それもあってか年配スタッフさんがそう呼び始めて、いつの間にかそれが定着しちゃったんです。もちろん私がイヤだと言えばやめてくれたんでしょうけど、まあ良いかなって」


 控室でしか名前呼びはされないし、仲間内で使うあだ名としてとらえていたので特に気にしていなかった。だけど天童さんはそうでもないのかなと思った。


「なるほど」

「もしかして天童さんも名前で呼んでほしいとか?」

「いや、それはないです」


 即答だ。


「あ、もしかして私のことを名前で呼びたいとか?」

「いえいえ、先輩をちゃん付きで呼ぶなんて畏れ多いです」

「久保田さんも矢島さんも呼んでますけど」

「まあもう少し、警備スタッフとしての経験をつんだら考えます。少なくとも脱パーントゥするまでは、ここの警備スタッフとしては半人前ですからね」


 脱パーントゥに関してはヘリクツだと抗議しながらも、真面目に取り組もうとしているらしい。


「わかりました」


 たけるちゃん。なかなか可愛いと思うんだけど。


「俺のことは名前で呼ばなくていいですから」

「え、私、なにもいってませんよ?」


 もしかして口に出してた?とドキッとする。


「そんな顔してましたから」

「一体どんな顔」

「そんな顔です」


 読心術的な鋭さも、元刑事としてのスキルなんだろうか?


「あ、半人前発言で思い出しました。脱パーントゥは当然ですけど、天童さんがここの警備スタッフになるためにはもう一つ試練があるんですよ」

「そうなんですか? なにか実技試験でも?」

「いえ。会社的な話ではなくて個人的な経験からの話なんですけど、春休みのパトロールを経験しないと一人前とは言えないかなって」

「春休みですか」


 理由が思いつかないらしく首をかしげている。


「夏休みとか冬休みとか連休とか、そういう時って本当にいろんなお客さんが出現して大変なんです。特に春休みはとび抜けてすごいんですよ」

「春休みってことは、学生さんがらみってことですか?」

「そうです。ほら、受験を終えて進路が確定するじゃないですか。それまで受験勉強で耐え忍んでいた気持ちが一気にはじけちゃうらしくて、この時期はハッチャケる若年層のお客さんが多いんです」

「あー、なるほど……」


 自分でも思い当たることがあるのか、天童さんが笑った。


「私も通ってきた道ですから気持ちはわかるので、よほどのことをしでかさない限りは黙って素通りしてあげるんですけどね。とにかくハッチャケ具合がすごいので、ぜひとも楽しみにしていてください」


 ちなみに久保田さんと矢島さんは、控室に戻ってきてから「宇宙人だ、日本は宇宙人に乗っ取られたんだ」とずっとつぶやいていた。天童さんはどんな反応をするるだろう。ちょっと楽しみかもしれない。


 そんなことを考えていると、前から三十代ぐらいの男女が私達めがけて走ってきた。


「あの、すみません! この子達を見ませんでしたか?!」


 女性がそう言いながら、スマホの画面を私の顔に押しつけるよう差し出してくる。申し訳ないけど近すぎて見えません。


「おい、近すぎだ。それじゃあスタッフさんが見えないだろ」


 男性がそう言うと、女性はあわててスマホを私の顔から離した。画面には男の子と女の子の写真が表示されていた。女性は「この子達」と言った。つまり写真に写っている二人ともらしい。どうやらお子さんとはぐれてしまったらしい。


「この子達なんですけど! 見ませんでしたか?!」

「私達はそこの通用口から出てきたばかりなんですよ。迷子センターには行かれましたか?」

「いえ、今から行こうと思ってたんですけど、スタッフさんの姿が目に入ったので、まず確認してみようと思って」

「そうだったんですか。では迷子センターにご案内しますね。天童さん、先にセンターの確認をお願いします」


 そう言って天童さんに指示を出した。

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