第二十話 夢の国の外 3
「なかなか面白い経験でした。あんなサスマタがあったとは知らなかったので」
防犯教室が終わり、警察署を出た私達は駅に向かって歩き出す。歩く途中で話す話題はもちろん、今日使った新型のサスマタのことだ。
「でもあれ、一人だと逆に危険ですよね。相手が力いっぱい引っぱれば、こっちがバランスを崩して、サスマタから手を離しちゃう可能性があるし」
「それは思いました。そうなると相手に武器を渡すことになるので、それなりに手順は必要かと」
「ですよね~~」
相手を拘束できるのはすぐれものだけど、使いこなすには一定の技術が必要だと思われる。
「さっきやったように、複数人で取り囲むのが一番確実だと思いますね」
「なるほど。あれ、うちでも採用したら良いのにな。パークは開けた場所だし、何人かで取り囲むのも難しいことないし」
「
「え、でもサスマタ以外だと、使えるものは特殊警棒か
「
「え、せっかく
ちょっと、いや、かなりガッカリだ。
「だったら天童さん達が取り囲んでからめとって、最後のとどめを私がさすってのはどうですか? もちろん特殊警棒でガツンと」
「ますます却下です」
「私のやることないじゃないですかー」
それでは何のために警備部に入ったのかわからないではないかと、ムッとなる。
「そこは男性スタッフに任せて、一関さんはお客さん達の避難誘導をする役目を果たせば良いのでは? それだって大切な、警備部スタッフの仕事だと思いますが」
「えー……」
「真面目な話、相手が本気で飛びかかってきたら、一関さんでは取り押さえるのは難しいと思いますよ」
天童さんが言葉通り、真面目な顔をしてこっちを見た。
「それって経験者の言葉ですか?」
「はい、経験者の言葉です。俺が怪我をした時の経緯は話しましたよね?」
それを出されては引き下がるしかない。納得はしていないけど。
「大勢の警察官が、暴れている暴漢を取り押さているニュース映像は見たことないですか?」
「あります」
「本気で暴れる人間は、あのぐらいの人数で取り押さえないと、確保できない時があるんですよ。たとえ一関さんが超優秀な警備員でも、一人でどうこうできる話じゃないんです。理解しました?」
「理解しました~~」
まだ完全に納得はできていないけど。
「警備スタッフとしては俺のほうが後輩ですが、これは経験者としてのアドバイスです。もし実際になにかあっても、一人でどうこうしようとは思わないこと。平時でも二人一組でパトロールする意味は、そういうことですから」
すっかり立場が逆転してしまった。だけどそれはしかたがない。学校を出てすぐに警備スタッフとして就職した私より、何年も警察官をしていた天童さんのほうが、その手のことに関してはベテランなのだから。
「実際のところ二人一組でも十分に危険なんですよ。俺が怪我をした時も先輩刑事と二人で容疑者確保に行きましたが、結果がこれですから」
「もう一人の刑事さんは大丈夫だったんですか?」
天童さんは入院をして警察官を辞めた。だったらもう一人刑事さんはどうなったのだろうと心配になる。
「先輩刑事も怪我をしました。ただ、飛びかかってこられたのが俺だったので、幸いなことに先輩は軽傷ですみましたけど。心配ないですよ。今も元気に刑事をしてます」
私の顔を見て言いたいことを察したのか、天童さんは安心させるように笑みを浮かべた。
「体を動かしたら小腹がすきましたね。一関さん、時間が大丈夫なら、どこかで三時のおやつでもしていきませんか?」
そして話題を変えるようにそんな提案をする。
「良いですね。あ、でも私、今日はこんなかっこうなんですけど、それでも大丈夫なところなら」
ジャージを引っぱりながらうなづいた。
「俺が知っている店で、ペット同伴可能なカフェがあるんですよ。犬を散歩をさせている人達が立ち寄る店なので、そこなら大丈夫だと思います。一関さん、犬は?」
「問題なしです」
「ならそこで。ああ、さすがに今度は電車で行きませんか? 歩いて行けないことはないですが、俺が住んでいる場所に近い店なので」
「問題なしでーす」
行ったことがないお店に行くのは楽しみだ。可愛いワンちゃんが見られたら良いな。
+++
「おおおおお」
お店に入って出たのはそんな言葉というか声だった。
「ちょうど夕方の散歩時間に当たっちゃいましたね。他の店にしますか?」
「いえいえ、いろんなワンちゃんがいて楽しそうですから、ここで問題ないです」
「なら良いんですが。二人です」
お店にはたくさんのワンちゃん連れのお客さんがいる。ニンゲンだけのお客さんもいるにはいるけど、圧倒的にワンちゃん同伴のお客さんが多い。私達が案内されたのは併設されたドッグランが見える窓際の席だった。
「住宅地の真ん中に、これだけ広い敷地があるなんて驚きです」
「ですよね。昔はここ、小規模の町工場があったらしくて、そこをここのオーナーさんが買い取ったそうです」
「なかなか詳しいですね、天童さん」
「元の職業柄のせいか、そういうのが気になる
そう言って笑う。メニューを見ると甘いものから軽食までいろいろある。
「チョコバナナのパンケーキがありますよ?」
プラタノフリートかお気に入りの天童さんに見せた。
「それ、なかなかおいしいらしいです。ここには一人で来たことしかないので、それを頼む勇気はなかったんですが」
「今日は私と一緒だから問題ないのでは? 私もこれ食べてみたいし」
「良いですね」
お店の人にパンケーキと飲み物を注文する。私は紅茶で天童さんはコーヒーだ。
「やっぱり天童さんは『心の中にいつもプラタノフリートを』が良いと思うなあ」
「いきなりなんですか」
「だって、いまパンケーキを頼んでいる時もめちゃくちゃ嬉しそうでしたし、殺気なくなってましたし」
「それは今日が休みだからですよ。さすがに24時間仕事モードというわけではないので」
「そうかなあ」
ワンちゃんをつれている人達はそれぞれ顔見知りらしく、別々のテープに座りつつ声をかけあったり話したりしている。ワンちゃん達も慣れているのか、お店の人が出した水やクッキーをおとなしく食べていた。
「場所的にはどの辺になるんですかね」
メニューに書かれていたお店の名前と住所、そして私の住んでいるアパートの住所を入れて地図検索をする。
「あ、意外とわかりやすいルート。歩いてこれそう」
「そうなんですか?」
「はい。お休みの時のウォーキングコースにしようかな……」
「でも、ここで食べてしまったら、歩いて消費するカロリーが帳消しになるのでは? 帳消しなら良いですけど、どう考えても足が出る気がしますけどね」
天童さんの言葉にショックを受けてしまった。
「そうでした。私、摂取しすぎたカロリーの消費をするために、ウォーキングしてるんでした……」
「チョコバナナパンケーキだけじゃないですよ? 普通にランチメニューも充実してますし。ランチメニューに出る日替わり野菜スープはお勧めです」
まるで悪魔のささやきだ。
「もしかして天童さん、ここにはけっこう来てるんですか?」
「まあ男の一人暮らしなので、作るのが面倒で休みの時はそれなりの
「一人暮らし。大きな怪我をしたんだから実家に帰るとか、そういう選択肢はなかったんですか?」
「まあ実家も近いんですけどね。いまさら親と暮らす年齢でもないですし、一人暮らしのほうが気楽なので」
「そういうものなんですか」
男の人ってそういうものなのかなと、なんとなくだが納得できた。
「そういうわけでこの辺りの店には詳しいので、ウォーキングでこっち方面に来るなら、いろんな店を紹介しますよ? どういうものが食べたいですか?」
「いやそれ、カロリー消費が帳消しになるパターンじゃないですか。それどころかトータルで摂取量が増えて、逆に太っちゃいそうなんですが」
いろんなお店は知りたいけれど、それで太ってしまうのも考えものだ。こうなったらウォーキングをジョギングにするべき? いやいや、それ、もう食べる前提になってるし!
「俺には太っているようには見えませんけどね」
チョコバナナパンケーキがやってきた。甘い匂いにうっとりする。
「そんなことないですよ。就職直前と比べたら体重は間違いなく増えましたし。でもこのチョコバナナパンケーキは別枠です。今週も仕事を頑張ったご
「ま、そういうご
天童さんはなにか含みのある笑い方をしたけど、今日は気にしない。
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