第十一話 前途多難です

「そりゃまあ警備が仕事なのでしかたないんですけどね。その顔、なんとかなりませんかねえ」

「俺の顔がなにか」


 それから数日。天童さんの試用期間は問題なく終わりそうな気配だ。ただ、今後の課題がまったく無いというわけでもない。それが現在進行形の天童さんの顔だ。顔と言うより表情と言うべきか。


「ですから、真面目に仕事にはげむのは良いことだと思うんですよ? ただ、ここは犯罪現場ではなくテーマパークなので、もう少しこう、マイルドにっていうかなんていうか、なわけですよ」

「そんなことを言われても俺はこの顔は生まれつきなので、そこをなんとかしろと言われても無理な話ですよ。整形でもしない限り」

「でもですねえ」


 問題発覚は昨日の夕方だった。


 その日、迷子になった小さな子がウロウロしているのに気づいた天童さんは、すぐにその子に近寄りひざをつくと「どうしたんだ?」とたずねたのだ。私からは背中しか見えてなかったけど、その口調はまさに職質。天童さん、警察官に戻ってますよ!と言いかけた瞬間、その子がいきなり泣き出した。しかも「おじちゃん、こわいー」と言いながら。


一関いちのせきさんにはわかりませんよ。まだ四十にもたどりついていないのに、おじさん呼ばわりされた俺の気持ちなんて」

「気にしてるのはそこ?!」


 そりゃまあ三十そこそこで「おじちゃん」呼ばわりはショックかもしれない。しかも「こわい」と言われて泣かれたわけだし。だけど問題はそこじゃない。小さな子が天童さんを怖いと感じて泣き出すことが問題なのだ。


「うちの海賊船長と手下が集団で来ても、小さい子達は泣かないんですからね? 子供が泣くのはナマハゲかパーントゥぐらいですよ。天童さん、今はそれと同列ですからね?」

「ナマハゲかパーントゥ……」


 たぶん頭の中でその二つを思い浮かべているのだろう。ものすごーくイヤそうな顔をした。


「いくらなんでもナマハゲと同列ってひどくないですか? 俺の顔、そこまで怖くないでしょ」

「まだ空気が殺気立ってるんだから、せめて顔だけでもマイルドにしておかないと」

「そのせいでここしばらく顔が筋肉痛ですよ」


 そう言いながら顔を両手でたたく。


「顔が筋肉痛って、一体いままでどんな生活してたんですか」

「真面目に刑事やってましたけどなにか」


 刑事時代の天童さんには、冗談を言って場をなごませる同僚さんはいなかったらしい。


「はぁぁぁぁぁ。いっそのこと天童さん、もうずっとマスコットの中に入ったままにします? 少なくとも顔で小さい子に泣かれることはなくなりますよ?」

「一体それってどんな不測の事態ですか」

「十分に不測の事態な気がしますけど」


 ただ、マスコットの中に入っても殺気が駄々洩だだもれていると言われるのだから、前途多難ぜんとたなんだ。子供はその手のことには敏感だから、天童さんが入っている木が近づいてきたら一目散に逃げだすかもしれない。子供に逃げられるマスコットなんて、ナマハゲやパーントゥそのものだ。


「天童さんがマイルドになってくれないなら、そうするしかないですねって話です。いっそのこと人相の悪い海賊とか西部のならず者になるとか? そっち系の扮装ふんそうをするのも良いかも。あ、でも海賊もならず者もパトロールしないか」


 どうしたものかと考え込む。まったくもって前途多難ぜんとたなんだ。


「キャラクターのかっこうをしてパトロールをするなんて、職務内容に含まれてなかったんですけどねえ」

「ここはテーマパークですよ? 当たり前すぎて書かれてないだけですよ」

「そうかなあ……」


 天童さんは首をかしげた。


「あー、そこのニンゲーン、どいてどいて!! はねとばされちゃうよ~~!」


 後ろから荒々しい掛け声とともにリーダーの声が近づいてくる。立ち止まって振り返ると、鳥かごを模した特大カゴ台車を押しながら、海賊団がダッシュで走ってくる。しかも台車にはマスコット達がぎゅう詰めで乗っていた。


「え、もしかして海賊団あらため誘拐団?」

「遅刻しちゃいそうなんだよ、道をあけて~~!」

「ごきげんよう、お二人さん! 説明は後でな~~! ワハハハハハ~~」


 マスコット達と一緒に船長もなぜか台車に乗っている。船長の笑い声とともに、カゴ台車の一団はものすごいスピードで走り去っていった。前を歩いていたお客さん達もあわてて飛びのいて、ポカーンとして見送っている。


「なんですか、あれ」

「多分あれはマジで緊急事態なんだと思います」

「つまり?」

「おそらく遅刻しそうってやつですね」


 マスコットになにか不具合が出たのだろう。それを修理していたせいでショーに遅刻しそうになっているのだ。どうして船長と海賊団が?というのも、それなりの理由がある。マスコットはあんなスピードで走れないし、あれだけのマスコットを乗せた台車を押して全力疾走ぜんりょくしっそうできるのは海賊団だけだし。そして途中でお客さん達にツッコミを入れられても、船長とリーダーが一緒なら適当にそれらしくごまかしてしまえるからだ。


「いろいろとハプニングはあるんですね」

「そりゃもう毎日がハプニングの連続ですよ。きっと天童さんもそのうち遭遇しますけど、本当にいろんなことが起きますから」


 運営サイドのハプニングなんてかわいいほうだ。パークにはさまざまなお客さんがやってくる。そのお客さんの数だけハプニングの種類があると言っても過言かごんではないのだ。


「ああ、それで話がそれましたけど、とにかく天童さんはもっとマイルドにです。スマイルですよスマイル。パーク内ではニッコリ笑顔でお願いします。あ、わざとらしい胡散臭うさんくさい笑顔はダメです」


 私がそう言うと、困ったようにため息をついた。


「ここの仕事ではそれが一番難しいですね。他の人達は最初からできてたんですか? 胡散臭うさんくさくない笑顔ってことですけど」

「そりゃ皆さん苦労してましたよ。警備員経験者だって、ニコニコしながら警備なんてしたことないですからね」


 たぶんスマイルで一番苦労していないのは、学校を卒業してすぐ就職した私だと思う。そのかわり警備スタッフとしてのスキルはまだまだだけど。


「入ってからすぐだと、笑いながら仕事ができるか!って怒り出す人もいましたからね。でも今は皆さん、だいたいはニコニコしながらパトロールができてますから。天童さんもそのうちできるようになりますよ。多分ですけど」

「それができなかったら? 外には出してもらえなくなるんですか?」

「まあ外回りじゃないモニター監視の仕事もありますけど、中津山なかつやま部長が天童さんに声をかけたのって、そんなことをさせるためじゃないと思うんですけど」


 部長は天童さんの元警察官としてのスキルに期待しているんだと思う。そうでなければ怪我をして退職した人に、あの部長が声をかけるわけがない。


「天童さんの第一目標は決まりましたね。小さなお客さん達をおびえさせずに話しかけること。そんなに難しいことですか? 交番のおまわりさんはお年寄りに対しても子供に対しても、優しい人が多いイメージですけど?」

「刑事になるために交番勤務からはずれて、それなりに経ちますから」

「なるほど。刑事さんはまた違うんですね」

「そういうことです」


 しばらく歩いたところで天童さんが歩調をゆるめた。


「どうかしました? 怪しい人でもいましたか?」


 さっそく元警察官としての特殊な嗅覚が発動した?とドキドキしながら質問をする。


「いえ、そうじゃないんですが」

「???」


 天童さんはなにやらモジモジした雰囲気をにじませた。


「あの、いまさらなんですが一関さん」

「なんでしょう」

「パーントゥってなんでしょう?」


 予想外の質問だった。


「天童さんはパーントゥをご存知ない?」

「はい。ナマハゲと同列で出たということは、あれと似たような存在なんだというのは想像つくんですが」

「なるほど。じゃあ控室に戻ったらパソコンで見せてあげます。やってることはナマハゲと似たようなことですけど、あっちよりもさらにワイルド系だと思いますよパーントゥ」

「ワイルド」

「はい。追いかけられた子供が大騒ぎして逃げまくって泣き叫びます。ただ逃げきれなくて、たいていは捕まって酷いことされるんですけどね。あれは私でも逃げ切れそうにないです」


 前に見た動画を思い出したながら説明をする。正直あんなのに追いかけられたら私も泣いてしまうかも。そんなことをつぶやいたら、天童さんは顔をしかめた。それと自分が同列と言われているのだ。気持ちはわからないでもない。


 そして控室に戻った私は、さっそくパソコンでパーントゥの動画を見てもらうことにした。天童さんは逃げ惑う子供達の様子はともかくとして、子供たちを追いかけるパーントゥと自分が同列と言われたことにショックを受けたようだ。


「これですか」

「おや天童君、一関さんにパーントゥ認定されちゃったんだ? 早く脱パーントゥできると良いねえ」


 そしてそんな天童さんに、中津山部長がにこやかにとどめをさした。

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