第十二話 内勤もやってみよう

「俺、こんなにまがまがしいですか」

「僕はけっこう好きなんだけどね、パーントゥ」


 部長がそう言うと、天童てんどうさんは信じられないという顔をした。


「え? なに? そんなに驚くこと?」

「部長の趣味は変わってるんですよ」


 私が横からそう付け加える。


「変わってるって失礼だな、一関いちのせきさん。ほら、今はそういう流行はやってるだろ? なんだっけ、ああそうそう、きもかわいいってやつ」

「なんか違うような」

「あれに対してかわいいって感じるんだ……」


 正確には「きもかわいい」なんだけど、天童さんの耳には「かわいい」部分しか入ってきていないらしい。


「部長がそんなこと言うから、天童さんがフリーズしちゃったじゃないですか」

「いや、かわいいだろ、パーントゥ。ハニワみたいでさ」


 部長が無邪気にダメ押しをする。ちなみに私は、パーントゥとハニワは似ていないと思う。


「ナマハゲよりもかわいいと思うけどね。ちょっとやってることがあれだけど。ああ、パーントゥの動画を見て忘れるところだった。天童君さ、急な話なんだけど試用期間の締めとして、週明けの一日、内勤してみないか? ついでに一関さんも、モニター室でオペレーター体験してみる?」

「良いんですか?」


 まさか自分にまで含まれるとは思っていなかったので、部長の提案に驚いてしまった。


「来週は平日のどこかで雨になるらしくてね。その日ならそこまで来園者も増えないだろうし、やってみるにはうってつけだと思うんだ。もちろん、満員御礼状態の時にやりたいっていうなら話は別だけど。どうかな?」

「やってみたいです!」

「うんうん。いろいろ経験してみるのは大切だと思う。ああ、天童君のほうは拒否権なしだから」

「あの、まさか脱パーントゥを果たすまで内勤させるとかでは?」

「まさかまさか」


 天童さんの恐る恐るの質問に部長は笑う。


「今週はすみずみまで歩き回って大体の位置関係は理解できたと思うけど、全体を一度に見渡すことはできていないだろ? それができるのはモニター室だけだ。久保田くぼた君や矢島やじま君も、試用期間後に一日やってもらったからね」

「そうなんですか。では是非お願いします」

「了解した」


 その時の私は、部長が天童さんに内勤をするように提案したのは、いつもの新人研修の一環だと思っていた。だけど実はそうではなかったのだ。



+++



 それを知ったのは、モニター室での仕事をすると決まったその日の朝だった。


「おはようございます……天童さん、どうかしました? どこか痛いところでも?」

「おはようございます。いえ、特に問題ないですよ。大丈夫です」


 朝いつものように顔を合わせた時、天童さんが顔をしかめているのに気がついた。私が指摘するとすぐにその表情は消えてしまったけど、いつもと違ってどこか動きがぎこちない。


「もしかして、先週の試用期間に歩きすぎたせいで足が筋肉痛とか?」

「筋肉痛なのは足じゃなくて顔ですよ。俺、脱パーントゥできそうにないです」


 そんなことを言いながらタイムカードに手をのばす。タイムレコーダーにカードを差し込もうとしたところでカードが落ちた。足元に落ちたカードを拾うと代わりにレコーダーに差し込んであげる。


「すみません」

「いえいえ、どういたしまして」


 そう言いながら天童さんを見上げる。


「なにか?」

「やっぱりどこか具合が悪いのでは? 天童さん、いつもよりさらに顔つきが怖いです。海賊みたいですよ?」

「あ、すみません。もしかして傷が目立ってるのかな?」


 そう言いながら傷がある部分に手を当てた。正直いって天童さんが思っているほど傷は目立っていない。その傷は目の下に一本、白い筋になっている程度だ。


「傷のことはまったく気になりません。そうじゃなくて、怪我をして警察官を辞めたって話は聞いてます。その怪我が痛むのではって話ですよ」

「ああ、そうか。一関さんはご存知なんですね、俺の退職理由」

「そりゃ私は天童さんの指導係ですから」


 ただ、今までは聞くのをためらっていたのだ。


「ただ私も履歴書を見ただけなので。パーク内を歩いているのを見ていた感じだと、怪我をしたのは足ではなさそうだから、今のところ業務に支障はないなって判断をした程度です。どんな怪我だったのか、聞かせてもらっても良いですか?」

「刺されたんですよ、このへんを」


 そう言って天童さんは自分の脇腹を指でさした。


「お腹ですか?」

「正確には脇腹なんですけどね。あと二の腕のあたりと。ああ、それと顔は切られたってやつです」

「三ヶ所も?! 一体どうして」

「容疑者を確保する時に一悶着ひともんちゃくありまして。誰もがおとなしく逮捕されるわけじゃないんですよ」


 捜査一課と言えば殺人事件。たしかにおとなしく捕まってはくれそうにない相手だ。


「あの、もちろん逮捕したんですよね?」

「もちろんです。もう裁判も終わって刑務所で服役中です」

「100年ぐらい出てこなければ良いのに」

「まあ100年は無理ですけど、仮出所なしで20年ぐらいは出てこないと思いますよ」


 それを聞いて少しだけ安心する。


「聞いているだけで極悪人ですね。ニュースになってるだろうにまったく知りませんでした」

「何もかもがニュースになるわけじゃありませんからね」

「そういうものなんですか」


 世の中では私達が知らないだけで、そういう事件がいっぱい起きているんだろうなと思った。


「それで天気が悪くなると古傷が痛むわけですよ。古傷と言っても一年前なんで、そこまで古くないですけどね」

「それ、ちゃんと治ってるんですか? もしかして無理して働こうとしているんじゃ? ていうか、うちの部長が無理を言ったんじゃ?」

「まさか。ちゃんと医者からは問題ないと太鼓判たいこばんをおされてます。PTSDもないし、俺はいたって健康体ですよ。ただ天気が悪くなると痛むだけで。だから今日は内勤で助かりました」


 そこでふと思い至る。部長はモニター室勤務の提案をした時、天気のことも口にしていた。もしかしたら天童さんの怪我のことをわかっていて、今日は内勤をするように取りはからったのかも。


「天童さんが大丈夫って言うなら良いんですけどね。あまり無理しないでくださいね。天童さんだってそんなに若くないんですから」

「それひどくないですか? 俺、まだ四十前なんですが」

「二十代と三十代では怪我の治るスピードは段違いですよ。うちの母が言ってました。人間の体力のピークは二十代で、そこからはひたすら下がるのみだって」

「経験者の言葉ですか? わかりました、気をつけます」

「お願いします」


 着替えて控室に顔を出すと部長が待っていた。


「おはようございます~」

「おはようございます」

「ああ、おはよう。今日の内勤、二人とも頼むね。パーク内のパトロールに関しては、二人の抜けた穴は舘林たてばやし矢島やじま君が引き受けてくれることになった」


 二人が私達に手を振る。


「じゃあ今日も一日よろしく。雨はまだ降っていないけど、昼前から降るとお天気のお兄さんが言っていた。雨しだいでは中止になるショーも出てくると思うので、ぐだぐだ言うお客さんが出たらよろしく頼むね。じゃあ行こうか」


 簡単なミーティングを終わらせると、私と天童さんは部長につれられてモニター室へ向かった。入って真っ先に目に入るのは、壁一面に設置されたモニターだ。それとは別に、オペレーターさんが座っている机の前に一台ずつ個別のモニターが設置されている。こちらは見たい場所を個別に選べるようになっていた。


「死角は無しですか?」


 天童さんが順番に映像をチェックしながら質問をする。


「中が見えないのはトイレぐらいかな。出入口には目立たないように設置してあるけどね」

「駅の改札口の映像もあるんですね」

「そっちはお客さんが利用する最寄り駅だから、鉄道会社から映像を回してもらっているんだよ」

「なるほど」

「じゃあ二人ともこっちに座ってくれるかな」


 空いている予備のオペレーター用の机に座った。そして部長に渡されたヘッドセットをつける。


「ここは無線機を持っているパーク内のスタッフ全員と、連絡がつくようになっている。ただし天童君と一関さんは今日一日だけの勤務だから、連絡できる相手を限定させてもらった」


 そう言いながら、部長が机のモニター映像を切り替える。そこには舘林さんと矢島さんが映っていた。


「二人がそれぞれ手足となって動いてくれるから、気になることがあったら遠慮なく指示を出してくれ。念のためにちゃんと通信がつながってるか、確認はしておくように」

「もしも~し、聞こえますか~?」


 私が呼びかけると、二人がカメラに顔を向ける。


「よく聞こえてる、問題なし」

「まずはお昼までよろしくお願いします」

「こちらこそ。てことは今日の俺達は、ずっと天童さんと一関さんにストーカーされるってわけか」

「ストーカーとはひどいですね矢島さん。せめて二人を見守っている妖精さんの目と言ってください」


 私が憤慨ふんがいしながらそう言うと、舘林さんと矢島さん、そして天童さんまでが笑った。ちょっと、いやかなりせない。

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