第十話 駄々洩れてます

 じりじりと包囲網をせばめられた天童てんどうさんは、あきらかにたじろいでいる。


一関いちのせきさん? 本当に俺、木の中に入らなきゃダメですか?」

「ダメとは言いませんけど、今のうちに経験しておいたほうが良いとは思いますね。不測の事態が起きた時に困るでしょ? ああ、久保田くぼたさんと矢島やじまさんも何かあった時は木に入る予定ですから、これで木の三兄弟ができますね」

「そんな三兄弟やりたくないような」


 ぼやく天童さんを横に、木のマスコットを引っ張り出した。そこへ作業着姿のスタッフが通りかかる。最初は通り過ぎたんだけど、私達を見て立ち止まって振り返った。


「あれ、リーダー? 珍しいね、中から飛び出した状態でここにいるなんて。なにか困ったことでも?」


 この人は鹿沼かぬまさん。スタッフの中では最古参の一人で、ここが開園してからずっと、パーク内設備や備品の保守点検チームを率いている。鹿沼さんがいなかったら廃墟になっていたアトラクションも少なくない。


「今日から警備部に新しいニンゲンが来たからね。そのニンゲン用のマスコットを探しているところなのさ。背が高いから、木かキリンぐらいしか入りそうなくてさ。まずは木に入ってもらおうと思って」

「ああ、なるほど。見守り隊用のマスコットか」


 リーダーが鹿沼さんと話している間に、マスコットチームのメンバーが天童さんを木の中に追い立てた。そして私が仕上げに背中のファスナーを上げる。


「どうですか? 前は見えてます?」

「こんな状態でどうやって周囲の警戒をしろと? 視界、ほとんど正面しか見えないじゃないですか」


 不満げな声が木の中から聞こえてくる。


「実際は何人かでチームを組みますし、お互いに死角をカバーし合うんですよ」

「あと、相手が逃走した時は? こんなので走れないでしょ」

「試してみます?」


 私がそう言うと木が大きく揺れた。走ってみようとしたらしい。


「無理です。走れません。歩幅がまったくとれない」

「ですよねえ。そういう時は中に入ってないスタッフが追いかけます」


 木は横に揺れながら前に進む。その様子を後ろから見ていたリーダーは感心したように笑った。


「うん。最初から転ばずに動けるのはさすがだね」

「でもさ、なんか駄々洩だだもれてるよね、いろいろと」

「ん? そう?」


 鹿沼さんの指摘に首をかしげる。


「なんていうか殺気みたいなのが駄々洩だだもれてるよ、この人」

「殺気立つ木! それなかなか新しいですね」

「一関さん、そこ感心するとこですか? これ、ものすごく動きづらいんですが」


 両手が入っている部分の枝がわさわさと激しく動いた。殺気が駄々洩だだもれているのは、天童さんが動きにくい木にムカついているからなんだろう。


「マスコットチームの皆さんは、その状態で踊ってるんですからすごいですよね」

「まあたしかに、そこはすごいと思いますけどね。あの、そろそろ出ても良いですか?」

「次はキリンに入ってみます?」

「いや、もう木で良いですよ。何かあった時はこれに入ります」


 あきらめ気味の声だ。


「なかなか似合ってると思いますけどね」

「顔が見えない状態で似合ってるもなにもないような気が」


 元の場所へ引き返そうとその場で足踏みをして体の向きを変える。


「まったく。これで張り込みするなんてどんな罰ゲームなんだよ……」


 なにやらブツブツと文句が聞こえてきた。


「張り込みじゃなくて見守りですよ」

「ああ、見守りね、見守り」


 ムカついているせいか、口調から敬語が消えてしまっているのがおかしい。


「お、なにやらおどろおどろしい空気を垂れ流している木がいるぞ」

「うちのパークには似つかわしくないホラーっぽい木だな」


 笑いを含んだ声がした。声がしたほうに目を向けると、久保田さんと矢島さんがニヤニヤしながら立っている。どうやら食堂での話を聞いてついてきたようだ。


「あ、それ以上は近寄らないでくださいね。部長からの業務命令を忘れないように」

「わかってるよ」

「天童さんも木になるのか」

「お二人の弟だってさ」


 矢島さんの言葉に、鹿沼さんが笑いながらそう言った。


「それはそれは。よろしく兄弟。俺、自分が指摘された時はわからなかったけど今わかった。たしかに殺気が駄々洩だだもれてるわ。隠しきれてない」

「たしかに駄々洩だだもれてるな」


 久保田さんがそう言いながら笑い、矢島さんがその意見にうなづく。


「リーダー達とは全然違うのな。誰が入ってるかまるわかりだ」

「これ、まさかと思いますが、実は新手あらてのイヤがらせなのでは?」

「「「とんでもない」」」


 天童さんのぼやきに、その場にいた全員が声をあげた。


「どうだか」


 ぼやき続けながらリーダーのもとへ戻ってくる。


「もう外に出ても良いですか? これで俺は、不測の事態での見守りの時は木で決まりなんですよね」

「「「え、キリンは試さないの~~?」」」


 マスコットチームからそう言われ、木が困ったように揺れた。


「あの、一関さん?」

「え、あー……試してみたらどうです? こういう機会はなかなかないですし。休み時間はもう少しありますし」

「……わかりました」

「あの、天童さん?」


 その口ぶりに心配になって質問をする。


「なんでしょう」

「これで試用期間後、自分にはここの警備スタッフを続けるのは無理ですとか、言いませんよね?」

「それ、木の中に入る前に言ってほしかったですね」

「え」

「大丈夫です。夢の国の警備員はこういうものなんだと腹をくくります。ただ、元同僚にこの姿は絶対に見られたくないですけどね」


 あきらめ気味の口調のまま、天童さんが木の中から出てきた。マスコットチームがいそいそとキリンを持ってくる。


「あの、本当に入らなきゃダメですか?」

「まあ、せっかくだから試してみてよ」


 リーダーがそう言うとため息をついた。


「本当にイヤがらせじゃないんですよね?」

「当然ですよ。私も入りましたし、久保田さんも矢島さんも入りました」

「俺達はキリンには入れてもらえなかったな。そういう意味では天童さん、特別待遇なんじゃ?」

「あんまり嬉しくない待遇な気がします」


 そう言いながらキリンのマスコットの中に入る。


「どうですか?」

「相変わらず視界がせまくて単独での見守りには不向きだと」

「やっぱり木のほうが似合ってそう」

「なにを基準にそう言っているのか、まったくわからないですけど」


 キリンが長い首をかしげた。


「でも面白いですね。中に入った人は見えないのに、その人によってマスコットの雰囲気が全然違います」

「そういうものなんですか?」

「少なくとも天童さんが入ってるマスコットは、リーダー達とはまったく違いますね。やっぱり殺気が駄々洩だだもれてます」

「そりゃこんな窮屈な中に入れられたら殺気立ちもしますよ。もう出ても?」


 残念がるマスコットチームの声をよそに、天童さんがキリンの中から出てくる。


「まあとにかく、天童さんのサイズに合うマスコットが見つかって良かった。何かあったら木かキリンてことで」

「パーク内がずっと平和であることを祈っておきますよ、ええ」


 天童さんがボソリとつぶやいた。



+++



「天童君、木のマスコットの中に入ることが決まったんだって? 中に入ってみてどうだった?」


 その日の夕方、パーク内のパトロールを終えて戻ってきた私達に、中津山なかつやま部長がニコニコしながら声をかけてきた。初日の終わりに聞かれたのは、仕事の感想ではなくマスコットに入った感想だなんて。天童さんはそんなことを考えていそうな顔をしている。


「視界が狭くて走れないのを除けば、まあまあな着心地でした」


 そしてその質問に律儀に答える天童さん。生真面目な性格なんだなと感心する。


「あの部長、一つ質問しても良いですか?」

「もちろん。気になることがあったなら、一つでも二つでもどうぞ?」


 装備をはずしていた手を止めると、部長のほうに顔を向けた。


「そのマスコットなんですが、あれは新人に対するサプライズとか、そういうたぐいのものではないんですね?」

「まさか。一関さんから説明は聞いてない?」

「聞きはしましたけど」

「ちょっと、まだ疑ってたんですか? あれは不測の事態が起きた時の見守りのためって、ちゃんと話したじゃないですか」

「いやしかし」


 まだ疑っていたとは。さすが元刑事さんと感心したら良いのやら呆れたら良いのやら。


「冗談と思われていたなんて」

「面接の時にそんな話は一切なかったもので」

「だから不測の事態の時なんですよ」

「だけど良かったよ。天童君、背が高いから入るマスコットがないんじゃないかって、ちょっと心配してたんだ」


 部長は天童さんと私の会話を聞いてもニコニコしたままだ。


「木か、なるほどなるほど。あ、お疲れさんだったね。明日もよろしく頼むね」


 そう言いながら部屋を出ていく。


「まあマスコットに入ることなんてそうそうないですから、そこは安心してください」

「そういう問題なんだろうか」


 なんとも言えない顔をして首をかしげる天童さんだった。


 マスコットの件を本人がどう感じたかはさておき、この一件で天童さんがスタッフの中にすんなりと溶け込むことができたので、結果オーライだと思う。

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