第7-2節:絶対に見捨てないっ!

 

 くそっ、この危機をなんとかしたいけど僕の力ではどうにもならない。


 それならタックさんの意思を尊重して、僕だけでもこの場から逃げ出さないと。それが彼の想いであり、鎧の騎士の注意が僕から離れている間しかこの場を離れられるチャンスはない。




 …………。


 ……ッ! 僕は何を考えているんだッ! このままタックさんを見捨てて逃げられるわけがないじゃないか! 弱気になってどうする!?


 僕はここへ辿り着くまで、たくさんの人に支えられてきた。


 村長様やトンモロ村のみんな、ブラックドラゴン、シアの街の人々、レインさん、動植物やモンスターたち、そしてミューリエやタックさん。そのほかの数え切れない全ての存在――。


 こんなヘタレな僕を信じて、期待して、背中を押してくれた!


 僕は勇者だッ――なんて胸を張って言える立場ではないし、その力もまだないけど、勇者の末裔まつえいとしての誇りはある! 最後の最後まで諦めちゃいけないんだ!


 タックさんひとり守れずに、何が勇者だ? それさえ出来ずに世界を救えるわけがない。


「何をしてるんだ! 早くオイラを見捨てて逃げろ!」


 間近からタックさんの叫び声が上がり、思わず僕は目を開けて彼の方を見た。彼は僕がいつまでもその場から離れないことに苛立いらだっているようだ。


 いつもの僕だったら心が揺らいでしまったことだろう。でも今の僕には確固たる信念がある。絶対に退くわけにはいかない。


「そんなこと僕には出来ません! 逃げるなら一緒にッ!」


 僕はタックさんを真っ直ぐ見つめ、強く言い放った。


 強い口調の僕にタックさんは驚愕して一瞬ひるんだみたいだったけど、すぐに負けじと応戦してくる。


「バカ野郎っ! オイラとお前とでは命の重さが違う! オイラの代わりはいくらでもいる。でも勇者の血をひく者は、もはやこの世界に――」


「違いなんてないっ! 僕の命もタックさんの命も同じ重さだよっ!」


「お、お前……」


「なにより、こうなった原因は僕にもあると思うんです。タックさんに流れ込んだという変な力、それはきっと僕の発したものだから。タックさんをなんとかすれば、鎧の騎士を止められると思って」


「っ!? あれはお前がやったのかっ!? オイラは何百年も生きてきたけど、あんな力は見たことも聞いたこともないぞっ?」


「どんな力であろうと、それを行使したのは僕です。だから僕はタックさんを置いて逃げるわけにはいかないんだっ!」


 僕はタックさんに肩を貸し、フロアから一緒に逃げようとした。でも体中が痛くて思うように動けない。


 なにより、さっき鎧の騎士から受けたダメージのせいでたった一歩に想像以上のズシリとした重さを感じる。タックさんの身体は僕より小さいから、ある程度は軽いはずなのに……。


 その間にも鎧の騎士は迫ってくる! 距離を考えると、もはやふたりで逃げ切るにはギリギリのタイミング。一刻の猶予もない。このままでは僕たちはどちらも鎧の騎士の餌食になってしまうだろう。



 だけど僕はタックさんを絶対に見捨てないッ!


 全身の痛みと疲労に耐えながら、無我夢中で足を前へ踏み出す。こんな調子で鎧の騎士から逃げ切れる可能性はゼロに近いけど、それでも諦めるもんか。


 するとそんな僕を見かねたのか、タックさんが眉を曇らせて狼狽うろたえる。


「もういい、アレス! お前の勇者としての心と姿をしっかりと見せてもらった。だからオイラを見捨ててお前だけでも……」


「嫌だぁあああぁっ! 絶対に一緒に逃げるんだぁあああぁっ!」


 思わず僕は叫んでいた。


 するとちょっとだけ全身に力と気力が戻ったような気がして、さらに何歩か前へと足が動く。これが火事場の馬鹿力というヤツだろうか。



(つづく……)

 

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