第7幕:(第1片:完結編):勇者の証と試練の秘密
第7-1節:本当の敵と迫る危機
今の僕に出来るのは『意思疎通の能力』を使って相手の動きを封じることだけ。依然として剣も魔法も使えない。走り込みをして多少は体力がついたけど、それは微々たるもので、実戦ではほとんど役に立たないと思う。
そして鎧の騎士に対しては、頼みの綱である『意思疎通の力』を行使しても何の手応えも感じられなかった。事実、鎧の騎士の動きは最初から現在まで全く変わらない。つまり僕の能力は効果が出ていないということになる。
普通に考えれば、この時点で僕には打つ手なし。完全にお手上げ状態……。
――でももし僕が根本的な間違いをしていたとしたらッ?
僕はようやく気が付いた。
そう、力を行使するべき相手は鎧の騎士じゃない。鎧の騎士は召喚魔法によって呼び出された存在であり、言い方は悪いかもだけど彼は『単なる人形』。
つまりその動きを封じるなら、鎧の騎士を操っているタックさんに対して力を行使しなければならなかったんだ!
その推測が正しいなら、ミューリエの『敵を見誤るな』というアドバイスにも納得がいく。もちろん、僕の考えが当たっているとは限らない。単純に僕の力不足によって、鎧の騎士の動きを封じられていないだけかもしれない。
だけど想像通りなら僕にも勝ち目がある! これは最後の賭けだ!!
「…………」
心を落ち着けたあとはいつものように想いを念じ、それが伝わるよう願う。視線の先にいるタックさんに向かって!
なるべく彼に近い位置まで移動したのは、少しでも念が伝わるようにするため。僕の力を知らないタックさんは、おそらくこちらの意図に気付いていない。
しかも僕は剣を握っていないし、一般人以下の攻撃しか出来ないと思っているから油断もしているだろう。でもだからこそ、そこに付けいる隙がある。
唯一の不安材料は、僕の力が人間には通用しないということ。ただ、タックさんは人間に近いとはいえ、別種族のエルフ族。つまり力が通用する可能性はある。
もし人間に対しての時と同じように、力が効果を発揮しなかったらその時はお手上げだけど……。
いずれにしても、まだ試したことがない相手だから結果がどちらに転ぶかは現時点では分からない。でも今はモンスターにも通用する『力の強さ』があるんだ。試してみる価値はあるっ!
『タックさん、もう戦うのはやめてください。お願いです』
僕はタックさんに対して想いを念じた。
すると直後、タックさんは目を丸くしながら身体をビクつかせる。瞳には明らかに動揺の色が浮かんでいる。
僕の言葉がそのまま伝わっているのかどうかは分からないし、彼自身に何が起きているのかも分からない。だけど何らかの効果が出ているのは確かみたいだ。
『タックさん、敵を倒すことだけが全てじゃないんです。僕みたいな戦い方もあるんです』
「なっ、なんだこりゃ!? おかしいっ! オイラの魔法力が勝手に小さく収まっていく!! 変な力が流れ込んできて、オイラの魔法力を打ち消そうとしやがるっ!」
タックさんの表情から完全に余裕が消えていた。
今までずっと座ったままだったのに、慌てて床の上に立ち上がって開いた両手を鎧の騎士へと向けている。そうしていないと鎧の騎士を使役できなくなっているらしい。
額には脂汗が滲み、歯を食いしばって必死に僕の力に抵抗しようとしているようだ。
あの反応を見る限り、僕の言葉がテレパシーのように直接伝わっているというわけではないような気がする。想いそのものが何かの力に変換されて伝わり、それが相手の戦意を喪失させるみたいな?
その点はモンスターや動物たちに対する力の発現と少し異なっているのかもしれない。あとで彼にどんな状況だったのか詳しく話を訊いてみるとしよう。
でも今はこの試練に集中しなきゃ。完全に決着するまで力を行使し続け、片時も気を緩めるわけにはいかない。洞窟に入ってから緊張の糸が張り詰めっぱなしで、精神的にも肉体的にも限界が近いけど、負けてたまるか!
むしろやっとタックさんの試練にまで辿り着いて、しかもあと一歩というところまで来ているんだ。力の最後の一欠片さえも振り絞って、試練を乗り越えてみせるッ!
…………。
……あれ? 僕ってここまで粘り強かったっけ?
もしかしたらこれもミューリエの特訓の成果なのかな。体力だけじゃなくて、根性というか粘り強さも少しは身に付いたのかもしれない。
『……僕の想い……届け……』
「マズイっ! このままだと……オイラの……コントロール……が……っ!」
『……届け……届けっ……届けぇッ!』
「なんなんだ……よ……っ? この変な力はっ! 断続的に流れ込んで……くはぁっ!」
ついにタックさんはその場に片膝を付き、ガックリと
「アレス……逃……げろ……」
「えっ?」
「逃げろ……。ぐっ……!」
「タックさん、それはどういう意味ですか?」
「鎧の騎士はオイラの制御下から……外れた……ッ! ヤツは今、暴走状態だ。オイラたち全員を本気で殺しに来るぞ!」
「えぇっ!?」
驚愕した僕は慌てて振り向いた。
すると鎧の騎士はゼンマイが切れかかっているおもちゃのような不規則な動きをしつつ、体のあちこちから金属の擦れる音が響いてきている。明らかに様子がおかしい。敵意と憎悪が宿ってそれが膨れあがりつつあるような、そんな感じがする。
「ギガガガガァ!」
鎧の騎士は
そんな感じで僕が呆然としていると、タックさんが弱々しい仕草で僕の肩を叩いてくる。
「早くこの洞窟から脱出しろ……。お前を……勇者をここで失うわけには……」
彼の瞳に宿る光には迫るものがあった。今まで時折見せていたおちゃらけた感じは一切ない。そこに彼の本心というか、まさに勇者の『審判者』とでも言うべき強い意思や
(つづく……)
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