第6-2節:スライムとの遭遇

 

 その後も僕たちはさらに洞窟の奥へと進んでいった。幸いなことに、未だにモンスターと遭遇していない。不気味なくらいに静かで、ネズミや小動物の気配すら感じられない。


 それは単純に僕が鈍感なだけ――という可能性もあるかもだけど、ミューリエも無反応だから完全に的外れってことでもないと思う。彼女は僕に手助けをしない立場だとはいえ、何か異変を感じたら意識や表情などに雀の涙くらいは反応は出るだろうから。


 こんなことを言ったら怒られちゃうだろうけど、鉱山でガスの有無を確認するための小鳥のようなものかな……。


 そういえば、最初にこの洞窟に挑戦した時にその話をミューリエにしたなぁ。なんだか何年も昔のことだったような錯覚がする。それだけそのあとに色々あったということなのかも。


「どうした、アレス? 気持ちがわずかに緩んでいるぞ」


 その時、涼しげな声でミューリエに叱られてしまった。


 歩むスピードをやや落としながら後ろへチラリと視線を向けてみると、彼女はいぶかしげな顔をしてこちらの様子をうかがっている。僕の表情は見えていなかったはずなのに、そんなちょっとした意識の変化に気付くなんてさすがだ。


 ――ということは、やっぱり『ミューリエは鉱山の小鳥のようなもの』という僕の例えは意外に的を射ているらしい。だからなおさら可笑おかしく感じてしまう。


「うん、ちょっと思い出し笑いをしちゃって。ゴメン、すぐに気を引き締めるよ」


「……何を考えていた? まさか私に対する不敬なことではあるまいな? 白状しろ」


「最初にこの洞窟の探索をした時のことを思い返していただけだよ。ホントだよ」


「…………。どうやら嘘ではないようだが、いまいち釈然としないな」


 地面を強めに蹴ったような音が後ろから聞こえた。ずっと同じリズムを刻み続けてきた足音もその瞬間だけ乱れる。


 きっとミューリエは不満げに頬を膨らませているのだろう。その姿を思い浮かべると、また少しだけニヤッとしてしまう。



 ――いけないいけない! また叱られちゃうから本当に意識を周囲への警戒へ向けないと。


 それにしてもここまで平穏だと拍子抜けしちゃうし、複雑な気分だ。『あの力』を試したいという気持ちがある反面、なるべく体力を温存したいという想いもある。




 …………。


 ……うん、やっぱり無駄な戦いは避けるのが一番だよね。何事もなくタックさんのところへ辿り着けるのがベストだもん。力なんて使わない方が良いんだ。僕にとってもモンスターにとっても。


「っ!?」


 直後のことだった。


 僕は肌に不穏な空気を感じて思わず足を止め、身構える。


 胸の鼓動が一気に高まり、血液が急流のように全身を駆け巡る。まとわりついてくる緊張感。呼吸も自然に速くなり、その音が耳の奥に大音量で響いている。


 そしてついに前方の奥からモンスターが現れる。やっぱり彼らと遭遇せずに最奥部へ辿り着けるほど甘くはないか……。


「スライム……だね……」


 どろりとした粘液の塊。若草色で大きさは手のひら3つ分くらい。そこに小さな目と口が付いている。以前、この洞窟で出会ったことのあるヤツと同じタイプだ。相変わらず気持ちが悪い。


 スライムは全身をうねらせながら、通路の隅をゆっくりと進んでこちらに向かってきている。


 でも初めて出遭った時と比べると恐怖も焦りも感じない。むしろ自分でも驚くくらいに心は落ち着いている。体だって変に力は入っていないし、だからといって硬直しているというわけでもない。適度な緊張と力の入り具合というか……。


 不思議だ。相手の動きがハッキリと見えるし、次の行動の予測も容易につく。そしてその反応に対処できそうな予感がする。


 慣れ……なのかな……? それとも僕の心に何らかの変化があったのか?


「――さぁ、アレス。どうする?」


 後ろからミューリエの凛とした声が響いた。もちろん、スライムから目を離すわけにはいかないから、背中でそれを受けて対処に移ることにする。


 とりあえず、最初は防御して様子を見よう。焦って行動する必要はないわけだし。なにより今の僕はスライムに関して知っている情報があまりにも少なすぎる。


 確かに前回の探索でミューリエがスライムと戦った姿を見ているけど、その時の様子から察するにヤツらの動きは遅いし、そんなに生命力も高くない。


 だからといって僕にとっては初めての実戦だから油断は禁物だ。ミューリエは造作もなく倒していたけど、もしかしたら僕の知らない何かを理解した上で対応をしていたのかもしれないから。


 ゆえに僕はじっと身構え、スライムの動きを注意深くうかがう。


 すると時折、スライムは石の隙間に生えたコケの上を通過することがあって、その直後にそのコケの表面がかすかに焼けただれたようになっているのに気付く。



(つづく……)

 

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