第5-6節:自分だけの戦い方
事実、幼いころにたまたまモンスターと鉢合わせしてしまったことがあって、その時には効果がなかった。そしてそれ以降はなぜか遭遇する機会が一度もなかったから、試したことはない。
ただ、もしあの時と比べて意思疎通に関わる僕の能力が上がっているなら、効果が出る可能性はゼロじゃない。その能力の正体は分からないし、そうしたものが存在している自覚もないけどやってみる価値はある。
というか、これは僕に残された最後の悪あがき。ほかに出来ることなんてない。やるだけやって、あとは運命に身を任せるだけだ。
「ゴァアアアアアアアアァ!」
耳をつんざくようなモンスターの
「がはっ……ッ! っ……ふ……」
痛みと衝撃で一瞬、意識が飛んだ。
上半身にモンスターからのパンチを食らい、僕は後ろの木まで数メートルほど吹っ飛ばされたらしい。そしてその木に背中をもたれかけさせたまま、地面へずり落ちてへたり込んでしまう。
腹や胸、背中などが燃えるような熱さと激しい鈍痛を放ち、視界が霞んでくる。冷や汗も滝のように吹き出して止まらない。骨が何本か折れたのかも。
口の中には胃液の苦味と酸味、さらにどこかが切れたのか血の味を感じる。
ただ……まだ……なんとか生きてる……。辛うじて立てる……。
てはは……僕って意外にしぶとかったんだね……初めて知ったよ……。
――だったら想いがモンスターに通じるまで、命が尽き果てる最期の瞬間まで諦めるもんか。
僕は気力を振り絞り、背をもたれかけている木に掴まりながら再び立ち上がった。
小刻みに震える足に最後の力を込め、全身から発せられている痛覚の悲鳴に耐えながら今一度モンスターの前へ足を一歩だけ踏み出す。
『はぁ……はぁ……。ほら、僕は無抵抗だっ♪ 敵じゃない。分かっただろ?』
僕は警戒されないように満面に笑みを浮かべたつもりだったけど、きっと引きつった笑いなんだろうな。でもこれが精一杯なんだ……。
「うがぁっ!」
直後、今度は蹴られて僕は後ろへ倒れ込んだ。身体は仰向けになり、木々の葉の隙間から見える空の青が鮮やかに感じられる。
……あぁ……もう身体に力が……入らない……。
しかも最悪なことに、僕はモンスターに踏みつけられてしまった。このまま全体重をかけられたら、僕は……。
いや……まだまだ……っ! これくらいで諦めるもんか!
たとえ身体は動かせなくたって、想いの力は発動させられる。念じ続けてみせる。命が尽きるその瞬間まで決して諦めちゃいけないんだッ!
『……気は……済んだかい……? もう……いいでしょ? 僕……もう……動けな……いんだ……。見れば……わかるよ……ね……?』
あくまでも僕はモンスターに優しく問いかける。でもその想いに反し、モンスターの体重が少しずつ僕の身体にのしかかってくる。圧迫感と岩の硬い感触が全身に広がっていって……。
あ……ぁ……やっぱり僕はこれで……。
「ゴ……ァ……アアア……」
「え……?」
もうダメだと覚悟を決めた時、なんとモンスターの動きが止まった。そして僕の身体を踏みつけていた足を退かし、静かにこちらを見下ろし続けている。
声も音も何も発しないけど、なんとなく僕に対して謝罪する気持ちを抱きつつ、怪我を心配してくれているように感じる。もしかしたら、本来は心の優しいモンスターなのかもしれない。
――いや、モンスターだからといって一括りに『敵だ』とか『悪いヤツだ』とか『凶暴だ』って思い込んでしまうことの方が間違いなんだ、きっと。
そして魔族の中にも僕たち人間と分かり合えるヤツがいる――そんな気がする。
僕はまたひとつ賢くなった。大切なことをこのモンスターに気付かせてもらった。感謝しないといけない。
もちろん、その代償がこの大怪我だというのは割に合わない気もするけど……。
『いいんだよ、キミ……。そんなに謝らなくても……。僕は……生きてるから……。でももう動けないんだ……。自分の口で声を掛けてあげられなくて……ゴメンね……』
僕はそう念じつつ、モンスターにこれ以上の心配をかけないように、口元だけでもクスッと緩める。もっとも、すでに微かにしか動かせない状態だけど。
なんだか体全体が寒いし、目の前が暗くなってきた。呼吸が苦しいけど、大きく息を吸い込む力すらなくて咳払いも出来ない。
もうすぐ僕は……死ぬ……んだろうな……。
でもそう意識した直後のこと、なんとモンスターは全身を小刻みに震わせて音波のようなものを発した。
するとそれを受けた僕の体から痛みが徐々に消え始める。温かいエネルギーが流れ込んできて、手足に力が入るようになってくる。それどころか、昨日からの走り込みで生じた筋肉痛さえもなくなり、まるで生まれ変わったような活力がみなぎってきた。
これ……は……!?
もしかしたら彼独自の回復魔法のようなものなのかもしれない。程なくすっかり元気を取り戻した僕はゆっくりと立ち上がり、満面に笑みを浮かべながら彼の手を握る。
「ありがとう!」
僕が御礼を言うと、モンスターは照れくさそうな顔をしていたような気がした。目も口もないから、単なる僕の思い込みや気のせいかもしれないけど。
そして僕の無事な様子を確認すると、彼は静かにその場から去っていった。周囲には穏やかで心地の良い空気が漂い、鳥たちの声や木々の
「や、やったぁあああああぁーっ!」
僕は嬉しさが堪えきれず、跳び上がって喜んだ。
それは当然だ。だってモンスターに僕の想いが通じたんだから! 絶体絶命の危機をひとりで乗り越えられたのだから!
幼いころにモンスターに対して想いが伝わらなかったのは、僕の力が未熟だったからなのか、あるいは必死さが足りなかったのか。
いずれにしても、今の僕は全身全霊で想いを伝えようとすれば、モンスターであっても意思疎通が出来る。それが分かったのは大収穫だ!
僕には剣を振るう力も技もない! 魔法だって使えない! でも僕には僕にしか出来ない戦い方があったんだっ!!
――ついに見えたっ、希望の光!
もしかしたら、ミューリエと旅を続けることもタックさんの試練を乗り越えることも夢物語じゃなくなってきたかもしれない。
僕はいつになく手応えを感じたのだった。
(つづく……)
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