第5-4節:不意打ちを狙え
僕が目を覚ました時には翌日の朝になっていた。
ぐっすり眠ったおかげで眠気はないんだけど、筋肉痛で全身が痛む。しかも筋肉が硬直しているような感じで、ちょっと動かすだけでもジンワリとした鈍痛がする。もしミューリエの回復魔法がなかったら、もっと酷い状態だったかもしれない。
それにしても、太陽の光が僕の顔に差していて暖かい。これだけ高い角度にあるということは、朝というよりは昼に近いのかも……。
――って、えっ? ということは、ミューリエはっ? もうどこかへ行ってしまったってことはないよねっ!?
「ミューリエ!」
僕は半ば取り乱しながら慌てて周りを見回す。
すると近くの切り株の上にミューリエは腰掛けていて、僕の視線に気付くと春風のような穏やかな笑みを浮かべる。
「おっ、ようやく起きたか。今日は少し寝坊だな。ふふふっ」
「あ……♪」
ミューリエはすでに起きていて、朝食を作ってくれている最中だった。今はパンに野菜や肉を挟んでいるところみたい。それとこのスーッとする爽やかな香りはハーブティーを蒸らしているところなのかな? それらを認識して僕は心底ホッとする。
だって空がこんなに明るいんだもん、すでにどこかへ行っちゃったんじゃないかって不安で胸がドキッとしたから。
でも残された時間はあと半日くらい。今日中に自力でタックさんのところへ辿り着けなかったら、どのみちミューリエは僕の前から居なく――いや、そんな悲観的なことを考えちゃダメだ! 今は目の前のことに集中しなきゃっ!
まずは特訓の続きを始める前にしっかり朝食をとってエネルギーを回復させないと。
僕は起き上がると近くの沢へ行って冷たい水で顔を洗い、そのあとでミューリエの作ってくれた朝食を口に運んだ。
特にハーブティーは美味しいだけでなくて、体の隅々まで癒しの成分が染み渡るような気がして、疲労感や
ちなみに昨日のハーブティーとは味も香りも違うから、茶葉のブレンドが違うのかな? 単にその時の気分によって変えているだけなのかもだけど、もし僕の体調を気遣ってそうしてくれているのなら嬉しい。
「……ねぇ、ミューリエ。試練の洞窟へ挑戦するまで、まだ少し時間があるよね? それまで何をすればいい?」
「ひたすら走るだけだ。制限時間いっぱいまでな。それは昨日と同じだ」
ほんのちょっぴり別の展開を期待していたんだけど、ミューリエの返答は変わらなかった。やっぱり、まだ剣を持たせてはくれないか……。
残念だけど、僕の力不足なんだから仕方がない。
…………。
……ちょっと待てよ? このまま諦めるのは早いんじゃないだろうか?
昨日と比べれば少しは体力がついているだろうから、自分の力を試してみるのもいいかもしれない。結果によってはミューリエの気持ちが変わる可能性だってある。
よしっ、ミューリエに不意打ちを仕掛けて、少しは僕の力が上がっていることを示そう。もし成功すれば、実力を認めて剣の使い方を教えてくれるかもしれないし。
こうして僕はハーブティーを
一方、ミューリエはいつものように落ち着いた様子で、切り株に腰をかけて古ぼけた何かの本に目を通している。時折、手で前髪をいじったり顔を触ったり本のページを
いずれにしてもこちらには意識が向いていないような気がする。これならふとした瞬間に足下の棒を拾い上げつつ駆け寄って、攻撃を仕掛ければ……。
でもその時、ミューリエは視線を本に向けたままポツリと呟く。
「……アレスよ、不意打ちを狙っているなら殺気を隠せ。『無』の心でなければ相手に感づかれるぞ」
「っ!?」
「厳密に言えば、アレスの場合は殺気ではなく『空気』といったところか。いつもの無垢な空気が淀んでいるように感じる。その違和感で異変に気付く」
「……っ……」
さすがミューリエ。分かっていたことだけど、気配を感じ取ったり戦いに関するセンスだったりは僕より何百枚も何千枚も上手で、付け入る隙なんて最初からなかったわけだ。
不意打ちならなんとか
「やっぱりミューリエには
「当然だ。踏んできた場数が違う。――で、不意打ちは失敗に終わったわけだが、これからどうする?」
「素直に走り続けることにするよ。そもそもこういうやり方は、あまり好きじゃないし」
「ふふっ、それで良い。しっかりやるのだぞ!」
「うんっ」
気を取り直した僕は立ち上がり、走り始める前の準備運動を始めた。
やっぱり強くなるためには努力を積み重ねるしかないもんね。まずは基礎的な体力をつけてから。剣の扱い方も戦い方も、全ての話はそれからだ。
(つづく……)
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