第5-3節:限界を超えて走れ!

 

 その後、遅い昼食をとってからも僕は走り続けた。自分には思っていた以上に根性だけはあったみたい。もちろん、全身が痛くて疲労感も半端なくて、気を抜いたら倒れてしまいそうだけど。


 また、それが自分でも分かっているから、休もうという意識は起こさない。残された時間を最大限に使うんだ。無駄にはしたくない。


 そしてとうとう太陽は地平線の向こうへ沈み、闇が周囲を染め始める。要するにこれからはモンスターたちが活発になり始める時間帯へ突入するということ。今まで以上に周囲を警戒しなければならない。


 もっとも、トンモロ村を出て以来、屋外でモンスターに襲われたことは一度もないけど。ドラゴンとは出会っただけで戦闘になっていないわけだし。猛獣との遭遇だってレインさんを助けた時の熊ぐらいなものだ。


 これだけ敵との遭遇率が低いのって、僕の運が良いってことなのかな?



 …………。


 理由は分からないけど、それならそれで僕にとっては好都合。まだまだ空には明るさが残っているし、本格的な夜になっても月や星の光がある。


 ミューリエが稽古けいこをつけてくれるのは日没までって約束だけど、捉え方次第では次の太陽が昇るまでって言い張ることだって出来る。つまり今日という日は終わっていないんだ。


 そう考えれば、そのあとに少し休息を取ったとしても試練の洞窟へ挑むまで猶予がある。だから最後の最後という瞬間まで走り続けてやる。もしかしたら、ほんの数分でもミューリエが剣を握らせてくれる時が来るかもしれないしね。


 まぁ、彼女の性格を考えれば、その可能性は99.999%ないだろうけど……。


 でも残り0.001%の希望に、僕は全力を注ぐだけ。やらずに後悔するくらいなら、やって後悔したい。


「はぁ……ぁ……は……ぁ……っ……」


「お、おい、アレス! そろそろ休めっ!」


 周囲が暗くなってもひたすら走り続ける僕を見て、ミューリエは戸惑ったような声を上げた。今まではけんもほろろに軽くあしらわれていたのに、今回は彼女の方から口を出してくるなんて意外だ。僕がここまでやるとは想定外だったのかもしれない。


 てはは……これって一矢いっしむくいたことになるかな……?


 だけど、いくらミューリエが休めと言ったって、素直にそれに従うわけにはいかない。だって僕には時間がないから。ギリギリまで走り続けてみせる。


「まだ……だ……ッ! まだ……頑張る……!」


「バ、バカもの! 体力をつけるには休息することも必要なのだぞっ!?」


 確かにミューリエの言う通りなのかもしれない。休息して回復する時に体力や筋力などの能力がアップするって、何かの本で読んだような気がするから。



 …………。


 本心としてはここで走るのをやめたくない。でも体力はとっくの昔に限界を超えているし、気力だっていつまで続くか分からない。


 悔しいけど今回はミューリエの言うことに従って休むことにしよう。


 僕は足を止め、その場で両膝に両手を付いて激しく呼吸をした。ただ、うまく肺に空気が入っていかないし、膝はガクガクと震える。目の前も霞んで、今にも意識を失ってしまいそうだ。立っていられるのが不思議な気がする。


 やっぱり自分の思っていた以上に心身は疲労しているのかも……。


「あ……」


 不意に全身から力が抜け、勝手に体のバランスが崩れて倒れ込みそうになった。当然、それに抗う力なんか残されていない。とてもじゃないけど踏ん張れそうにない。


 ――でもその時、僕の体は柔らかさと温かさに包まれる。


 気付くと僕はミューリエに支えられていて、程なく心地の良い力が体の中に流れ込んでくる。


 チラリと視線を向けると彼女の体は蒼い光に包まれ、それが僕の全身に作用しているようだった。どうやら彼女は回復魔法をかけてくれているらしい。


 あぁ、なんて心地良いのだろう……味わったことのない夢心地だ……。


「よく頑張ったな……アレス……。安心しろ、休息した分はタイムリミットを延長してやる。だから素直に休むのだ」


「ホント……だね……?」


「嘘はつかんっ!」


「てはは……は……」


 ミューリエの言葉を聞いた途端、今度こそ僕は全身から完全に力が抜けた。休息をしたあとも稽古けいこをつけてくれると分かって、安心したからかもしれない。


 そのまま意識が薄れ……自然と……目蓋まぶたが閉じ……て……。


「まったく、極端なやつだ。このままでは身体が壊れてしまうぞ? ……さて、そろそろ頃合いだな。私も賭けに出てみるか」


「…………」


 ミューリエが何かを話していたような気がするけど、薄れゆく意識の中ではその内容がどんなものだったのかまでは分からなかった……。



(つづく……)

 

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