第5-2節:正論にたじろぐミューリエ

 

 僕は草むらの上に座り、パンにハムを挟んだ物を食べている。飲み物は体力回復効果のある薬草を煎じたハーブティーだ。ただ、空きっ腹へいきなり流し込んだから、少し気持ち悪くなって何度か吐きそうになってしまったけど……。


 それと自分でも気付かないくらいに疲労していたみたいで、今や猛烈な脱力感と激しい筋肉痛であまり動きたくはない気分になっている。まぁ、ハーブティーのおかげで徐々にそれらも解消しつつあるけど、やっぱり無理し過ぎたかも。


 ちなみに今回の食材の準備と調理はミューリエが全て担当してくれた。いつもなら分担をしてやっているんだけどね。


「ねぇ、ミューリエ。もう日が暮れてきちゃったし、そろそろ剣の扱い方を教えてよ」


 残り時間があまりないことに焦りを感じていた僕は、思い切ってミューリエに頼んでみた。このままだと走り込みだけで終わってしまいそうだから。


 すると彼女はハーブティーをすすりながら素っ気ない態度で答える。


「ダメだ、剣を持つのは時期尚早しょうそうだ。私に稽古けいこをつけてほしいと願ったのはお前自身なのだから、私のやり方に文句を言うな」


「でもさ……」


「アレスは剣の稽古けいこ云々うんぬんという以前に基礎的な体力がない。それをなんとかしない限り、剣を握らせるわけにはいかんな」


「体力がないのは僕自身がよく分かってるよ。でも明日中にはタックさんのところへ辿り着かないといけないんだ。このままじゃ……」


 僕は悔しさと悲しさで思わず強く唇を噛む。


 だってもしそれが出来なければ、僕はミューリエとお別れしなければならないから。


 ひょっとしてミューリエは僕と一緒に旅を続けたくないから、意図的に剣の稽古けいこをつけてくれないのかな?



 ――いや、ミューリエはそんな卑怯な人じゃない。


 もし旅をしたくないなら、最初からハッキリと別れを告げるはず。彼女はそういう性格だ。だったらなんとか説得して、簡単なことでも良いから剣術に関する何かを教えてもらえないかな……。


 でもそんな僕のすがるような視線から何かを感じ取ったのか、ミューリエは少し不機嫌そうな顔になってこちらを睨み付けてくる。


「剣に限らず、何事も技術を磨くには一朝一夕いっちょういっせきにはいかない。私は前にそう言ったような気がするが?」


「分かってる。だから僕は少しでも腕を磨きたいんだ」


「だが、その基本となる『身体』が未熟では、私の動きに付いてこられないぞ?」


「……じゃ、剣の扱い方は教えてもらえないってこと?」


「現時点では、その通りだ。強くなるには地道な積み重ねしかない。近道など私は知らん。だから私のやり方で稽古けいこをつけてやっている。気に入らないのなら今すぐにやめろ」


「…………」


 ミューリエの突き放すような言葉に僕は絶句する。淡い期待も完全に打ち砕かれた。


 ここまでハッキリと否定されたら、とりつく島もない。とはいえ、やっぱり納得がいかない部分もある。だってあの時の言葉と矛盾しているから。


「でもさ、ミューリエは『死ぬ気でかかってきて、少しでも吸収しろ』って言ってたような……。だから僕は剣術を教えてくれるのかなぁって思ってたのに……」


 僕はポツリと愚痴をこぼした。それは独り言のつもりだったんだけど、どうやらミューリエにそれが聞こえていたらしい。


 直後、彼女は小さく息を呑むと、途端にばつが悪そうな顔をする。


「そ、それは別れるのを前提としていた時の話だ……。今とは状況が違う……」


「ふーん……」


「な、なんだその白い眼はッ!? そ、そんな眼で見ても、ダ、ダメだからなっ! アレスが剣を握るのは早すぎる!」


 激しく動揺して狼狽うろたえているミューリエ。ついには頬を赤く染めながら『んんんんーッ!』と唸ってそっぽを向いてしまった。


 ミューリエがこんなに慌てふためく姿を見せるなんて珍しい。いつもはクールで落ち着いていて達観している感じなのに。でも今回ばかりは僕の言い分の方が正論だからそれも無理もないけど。


 なんだか普段の姿とギャップもあるからか、今はちょっぴり可愛らしく見える。だから思わずクスッと僕の表情も緩む。


「それって少しは僕に期待してくれてるってことなのかな?」


「ま、まぁ、そうだな……。そうでなければ、とっくにパーティを解消しているところだ」


 こんな僕にミューリエは期待してくれている。それが明確に分かっただけで嬉しい。


 だとしたら、頑張っていればいつかはきっと剣術を教えてくれるはず。その日が来るまで、今はひたすら基礎的な体力を付けるだけだ。


 僕は瞳に希望の光を輝かせ、ミューリエを見つめる。


「僕、頑張るね! 倒れるまで! この程度で負けたくないし!」


「……そうか。でも無理はしすぎるなよ? それと今回は特別に体力回復薬をアレスにやる。怪我をしたり体力が著しく低下したりした時に使うといい」


「ありがとっ!」


 僕はミューリエから体力回復薬の入った小瓶を受け取った。また、この時の彼女はいつになく嬉しそうだったような気がした。



(つづく……)

 

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