第5幕:見えたっ、希望の光!

第5-1節:特訓開始ッ!

 

 僕がミューリエとともに旅を続けるためには、明日の日没までに僕だけの力で試練の洞窟を突破し、タックさんのところへ辿り着かなければならない。


 それは今の僕にとって奇跡でも起こさない限り不可能なくらいの厳しい条件――。


 でもこれからの旅において彼女の力は絶対に必要だから、弱音なんて吐いていられない。なんとしてでもその奇跡を起こしてみせる。


 そして試練の洞窟へ挑むまでの限られた時間、ミューリエの指導で僕の特訓が始まった。


 それは焼け石に水かもしれない。無駄な努力になるかもしれない。意味がないかもしれない。だけどそんなのは最初から承知の上だ。ほんの一欠片でもいい、何かを吸収して今後に活かすんだ。


 ――そう意気込んでいたんだけど、僕はミューリエの指示でただひたすらに街道を走らされている。剣の稽古けいこをつけてくれるどころか、剣に触れることさえ許してくれない。まるで肩すかしを食らった気分だ。


 こんなこと、何の意味があるっていうんだ? 時間はわずかしか残っていないというのに……。


「はぁっ……はぁっ……っ……」


 激しく呼吸を続けているせいか、肺の中がなんだか痛い。しかも口の中は乾くし、喉もズキズキする。


 それにさっきから足は思うように動かなくなってきている。足も体も鉛になったんじゃないかってくらいに、いつもの何倍も重く感じる。


 これじゃ、剣の扱い方を教わる前に倒れちゃうよ……。


「アレス! 動きが鈍っているぞ! これくらいでへこたれるとは、お前の決意はそんなものだったのか?」


 僕が気弱になりかけているのを察知したのか、ミューリエの激しいげきが飛んだ。雀の涙ほどの甘えすら許してくれそうな雰囲気はない。


 ま、彼女の性格を考えればそんなことは最初から分かっていることだけど……。


 ちなみにミューリエは離れた位置に立って腕組みをして、こちらの様子を鋭い目付きで監視している。少しでも気の緩みを感じさせようものなら、今みたいにたちまちお叱りを受けてしまう。


 とはいえ、これだけ疲労が蓄積してくるとさすがに瞬間的には心が折れそうにもなる。それくらいは目をつむってほしいと愚痴りたくもなる。


 だけどやっぱり僕はやるしかない! それしか道はない!


「くっそぉっ! 負けてたまるかっ!」


 僕はカッと目を見開くと、気力を振り絞って全身に力を入れた。


 なんだってやってやるっ! この特訓を越えてみせるっ! 僕は勇者なんだっ! もう誰にも勇者失格なんて言われないように強くなるんだっ!




 その後も僕は根性で走り続けた。すでに体力は限界を超え、もはや精神力だけで体を動かしている状態。いつ倒れてもおかしくないと思う。


 でもふとした瞬間から不思議と苦しさや辛さがあまり感じられなくなってきて、むしろ高揚して心地よい気分になってくる。しかも楽しい。なぜそうなったのかは分からない。


 これこそがミューリエの特訓の狙いであって、そのために走り続けさせられたのだろうか? だとすると、もしかしたら僕はこの短時間でレベルアップしたのかもしれない。つまり続ければ続けるほど成果が出るに違いない。


 よしっ、それならもっともっと頑張るぞーっ!


 ――と、そんな感じで意気揚々としていた矢先のこと、ミューリエが声をかけてくる。


「アレス、そろそろ休憩して食事にしよう」


「……っ……?」


 気付いてみれば確かに太陽が少し西へ傾いていて、空も森も街道もわずかにオレンジ色へと染まりつつある。夢中になって走っていたから、時間の経過なんて気にも留めていなかった。


 でも僕はまだまだ走れるし、むしろ休んでしまったら足が動かなくなってしまいそうな気もする。だからまだまだ僕は頑張る。やれる時にやっておいた方が絶対に良い。こんなところで休んでたまるか!


「ミューリエ、もう少しだけ走るよ!」


「おい……あまり無理をするのは……」


「うぉおおおおおぉーっ!」


「やれやれ、極端なヤツだな。まったく……。では、あと1往復だけだぞ。それが終わったら絶対に休憩させるからな」


 呆れ返って肩をすくめるミューリエ。僕はその言動を背に受けつつ、根性で足を動かしてもうしばらく走り続ける。そして区切りが付いたところでようやく休憩に入り、遅い昼食をとることにしたのだった。



(つづく……)

 

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