第4-10節:提示された厳しい条件
聞き間違いようのない、ハッキリとした声――。
この突きつけられた非情なる現実に、僕は言葉を失って呆然とする。
「ミューリエ、どうしてさっ?」
僕の問いかけに、ミューリエは答えなかった。目を逸らさず、じっと返事を待ってみてもそれは変わらない。
お互いに沈黙したまま、その場には重苦しい空気が漂う。
それからしばらくして、ミューリエが小さくを息を
「残念だ。少しはアレスの力と心に期待していたのだがな……」
「僕の力と心?」
「おっと、口が滑ったか……。フッ、今の言葉は忘れろ」
ミューリエはクスッと照れくさそうに頬を緩めた。それは束の間のことだったけど、僕は久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がする。懐かしくて心が温かくなって、自然に僕も笑みがこぼれる。
そのあと、ミューリエの表情は凛としていてちょっぴりクールなものへと戻る。
「せめてもの情けだ。日没までは剣の
今のミューリエは吹っ切れているかのような気がする。スッキリとしていて晴れやか。一方でどことなく強がって、それでいて少しだけ寂しそうな感じがしないでもない。
…………。
このままミューリエからの提案を素直に受け入れるべきなのか? きっと今までの僕なら頷いてしまっていただろう。だけど――。
「そっか……。一緒に旅を続けてくれないのは残念だけど、ミューリエ自身が決めたのなら仕方がないね――って、ちょっと前までの僕なら言っていただろうね。だけど今の僕は違う! そう簡単に引き下がるわけにはいかないッ!」
「……何っ?」
「お願いだ、ミューリエ! 僕にはキミの力がどうしても必要なんだ! 一緒に旅を続けてほしい!」
「っ!? ……な、なんと言われてもダメなものはダメだッ!」
常に冷静で表情を大きく崩さないミューリエが明らかに動揺している。だって視線が左右にウロウロと動いているし、強い口調だけど声にいつもの鋭さや力が感じられないから。こんなに落ち着きのない彼女を見るのは初めてだ。
それならもう一押し。この千載一遇のチャンスを絶対に逃さないっ。
僕はミューリエを真っ直ぐ見つめながら言葉の矢を放ち続ける。
「僕だって『はいそうですか』って、素直に引き下がってたまるかっ!」
「き、貴様っ! 本気で殺すぞッ?」
「殺されても僕は死なないっ! 絶対、ミューリエと一緒に旅をするんだ!」
「なっ!? 何、わけの分からないことを……」
「何が何でも僕は退かない! 退けないっ! 退けるわけがないっ!! 今回の返答は僕の人生を左右するかもしれないって、ミューリエ自身が言ったんじゃないかっ!」
「……っく……」
しばらく僕の声はその場に反響していたけど、それが収まると森は驚くほど静まり返る。耳の奥に鈍い痺れが残っているけど、それもすぐに風や草木の歌が癒していってくれている。
その場に漂う沈黙。でも僕は依然としてミューリエの瞳から視線を逸らさない。
「…………。やれやれ……。その強情さ、誰かにそっくりだな……」
やがてミューリエは僕とのにらみ合いに白旗を掲げたのか、軽く俯いてふうーっと大きく息を
――その瞳は優しく揺らめいていて、何かを懐かしんでいるかのようにも感じられる。
しかも今は温かくて穏やかな雰囲気のミューリエに戻っていて、それだけで僕は嬉しくて胸が詰まりそうだ。
「ねぇ、誰かって誰のこと?」
「古い友だ……。それはさておき、アレスの想いに免じて今一度チャンスをやろう」
「ホントッ!?」
「明日の日没までに、お前の力だけであの小生意気な審判者のところまで辿り着いてみせろ。それが出来ぬのなら、私とともに旅を続けるのを今度こそ諦めろ。異論は認めん」
「僕の力だけでタックさんのところへ……」
「ま、おそらくは無理だろう。奇跡でも起こさない限りはな。ハッキリ言っておくが、今のお前がこの条件をクリアする可能性は限りなくゼロに近い」
「てはは……」
相変わらずミューリエは手厳しい。キツイことでもズケズケと言う。でもそれでこそミューリエだ。厳しさの中にも優しさがある――といったところか。
まぁ、自分の力のなさは誰よりも僕自身が分かっている。あのモンスターがたくさんいる洞窟を僕の力だけで突破するのは至難の業だ。
……奇跡……か……。
「だが、お前はその『奇跡』を起こしてくれそうな気がするのだ。やはりまだ心のどこかでアレスへの期待を捨てきれんのだろうな。何の根拠もないのに、我ながら
「ミューリエ……」
「自分の中に秘められた可能性、限られた時間の中で磨いてみせろ! 勇者アレス!」
「――うんっ!」
僕は強い決意を胸に、運命をかけたミューリエの
(つづく……)
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