第4-9節:勇者の誇りと決意

 

「ひぐっ……うぅ……ううううっ! あああああああぁーっ!」


 もう感情が抑えきれなかった。


 大声で泣いた! とにかく泣いた! 思いっきり泣いた!


 体中の水分が全て抜け出てしまったんじゃないかというくらいに泣いたッ!!


 誰もいない森の奥地で良かったと思う。だってこんなみっともない姿、誰にも見られたくないから――。


「え……」


 誰にも……見られたくない……?


 僕はなぜそんな気持ちになってるんだ? 別に泣いてる姿くらい、見られたっていいじゃないか。




 …………。


 ……あれ? 僕ってこんなに泣いたことがあったっけ? そりゃ、少し泣く程度なら何度もあったけど。


 そういえば、思い返してみても心当たりがない。幼いころに両親が亡くなった時だって、ここまで大泣きしなかったと思う。よく考えてみると不思議だ。気が弱くて臆病おくびょうな僕なのに。


 それなのに……なぜ今は号泣を……。




『――お前は勇者失格だっ!』


 ……っ……。


 その時、なぜかふと僕の頭の中にタックさんから突きつけられた言葉が強く思い浮かんだ。


 あれは……かなりキツかった……。


 でも勇者の末裔まつえいが現れるのを待ち望んでいた彼にしてみれば、僕のあんなみっともない姿を見たら激怒するのも無理はない。


 勇者……失格……か……。


「……っ!?」


 僕の全身に電気が走った。思わずハッと息を呑んだ。


 ……そっか、そういうことだったのか。


 僕は……ようやく気付いた……。号泣した理由も、僕が今まで何を心の奥底に秘めてきたのかも。



 ――そうだ、僕は無意識のうちに勇者の末裔まつえいとしての誇りを持ち続けていたんだ!


 その誇りは心の片隅に、砂粒くらいに小さいものかもしれないけど確実にあった。だからみんなの前では決して大泣きしなかったし、嫌々ながらにもこうして魔王討伐の旅に出た。



 村に戻れないなんて思ったのも、そういうこと――。


 だって別に他人のことなんて気にせず、どんなに後ろ指を差されたりバカにされたりしたって気にしなければ良い。涼しい顔をして村に戻って、細々と生きていたって別にいいはずだ。でも僕はそれだけは嫌だった。


 そういうのも全て含めて、勇者の末裔まつえいとしての『誇り』が僕の心の根本にあったに違いない。


 そうだ、きっとそうだ! ならば僕の進む道はただひとつ。試練に挑んで勇者の証を5つ揃えて、魔王と戦う。戦って死ぬ。



 ――いや、それもダメだ。


 僕は勇者だッ! 絶対に魔王を倒して世界に平和を取り戻して、トンモロ村へ生きて帰らなきゃいけない!


「よしっ!」


 僕の心は決まった。覚悟を決めた。もう迷わない。僕は弱いから立ち止まることはあるかもだけど、決して後ろには退かない。




 その後、しばらくしてミューリエが水汲みから戻ってきた。その姿を見つけるなり、僕は彼女に駆け寄る。


 近くに来るまで待っても良かったんだけど、はやる気持ちを抑えきれなかったから。1秒でも早く話がしたかったから。


「ミューリエ!」


「……ん?」


 足を止めたミューリエは、僕の顔を見るとわずかに眉を動かした。それと一瞬だけど動揺したような色も見せたような気がする。


 もちろんそれはあくまでも僕の認識であって、本当に彼女がそうしたのかは分からないけど。


 ただ、十中八九じっちゅうはっくは間違っていないと思う。だって今まであんなに素っ気なくて、相槌しか打ってくれなかった時もあったのに、彼女の方から口を開こうとしてくれてるんだから。


「……アレス……少し……顔つきが変わったな」


「ミューリエに頼みがある。僕に剣の稽古けいこをつけてくれないか?」


「なんだと?」


「僕、勇者の試練を乗り越えたいんだ!」


一朝一夕いっちょういっせきで上達はせんぞ? それは理解しているか?」


「だからこれから毎日少しずつでも稽古けいこをつけてほしい!」


「ふむ……。だが、それは私がアレスとこれからも旅を続けるという前提の話だろう? アレスはこれからどうしたいのか、まずはその答えを聞かせてほしい。一緒に旅を続けるかどうかは、その返答次第だと言ったはずだ」


 ミューリエは呆れ顔で小さくため息をいた。


 ――そうだった。彼女にしてみれば順番が逆だもんね。


 でも僕は決意したんだ、魔王を倒すって。ミューリエだってそれを聞けばきっと共感してくれるはず。もう迷いなんかない。


 一世一代の僕の決意、今こそ見せる時だ!


「僕は試練を全て乗り越えて魔王と対決する! そして倒す! これが僕の答えだ!」


 ミューリエの瞳を真っ直ぐに見つめながら力強く言い放った。


 この言葉は口だけじゃない。男が一度口にしたことは覆しちゃいけないってどこかで聞いたような気がする。もちろん、今の僕にはそれを貫き通す覚悟も意志もある。


 この想い、どうかミューリエに届いてくれっ!


「そうか……。それなら私はアレスと旅を続けることは出来ない!」


「なっ……!?」


 ミューリエからの返事は、僕の想いとは裏腹なものだった。



(つづく……)

 

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