第4-8節:追い打ちをかける事態

 

 あのあと、どうなったのかよく覚えていない。いずれにしても、僕はミューリエとともに洞窟の入口まで戻ったことだけは確かだった。だって今、彼女と一緒にその場所に立っているから。


 気が付いたらここにいた。それだけ。そして少し前にようやく我に返ったという感じだ。


 もちろん、途中に遭遇したであろうモンスターは相変わらず彼女が倒したんだと思う。それだけは間違いない。だって僕に倒せるわけがないもん……。



 我ながら……情けない……。



 ちなみにミューリエは依然として冷ややかで素っ気ないままでいる。もっとも、それが彼女にとっての普通であって、今までの温かで穏やかな方が特別だったのかもしれないけど。


「アレス、これからどうするつもりだ? アイツの忠告通り、旅を諦めて故郷へ帰るか?」


「そ、それ……は……」


 なぜか僕は即答が出来なかった。


 確かに戦う力のない僕が取れる道としては、タックさんの言う通り故郷へ帰って引きこもることくらいだろう。このまま旅を続けたって、遅かれ早かれ魔族かモンスターに殺されてしまうのがオチだ。僕自身もそれは分かってる。


 だけどどの面下げて故郷へ帰ればいいっていうんだ?


 傭兵たちのことだって間違いなく聞かれるはず。旅費を巻き上げられた挙げ句に見捨てられたなんて、とてもじゃないけど言えない。なにより、村長様の顔を潰してしまいかねない。



 それならいっそモンスターと戦って死のうか?


 あるいは剣で胸を突き刺して――って、どっちも痛そうだから、どこかの崖から飛び降りる方が良いかな? それなら一瞬であの世へ……。




 …………。


 やっぱり嫌だよ……死ぬなんて……。



 強く唇を噛みしめたせいか、血の味が口の中でほのかに漂う……。


「――そうだ、アレス。悪いが返答次第では、一緒に旅をするのはここまでとさせてもらう。洞窟での言動を見て、お前に対する興味が少し失せた。理由は自分で考えろ」


「えっ!?」


「少し時間をやる。日没までに答えを聞かせてもらおう」


「ちょっ、待ってよっ!」


 狼狽ろうばいする僕の声にもミューリエは耳を傾けようとしなかった。スタスタと歩いて行ってしまって振り返る素振りも感じられない。


 手を伸ばしてみてもむなしく空を切るだけ。駆け寄ろうにも体と心の震えが止まらなくて、足がピクリとも動かない。声も出せない。彼女の背中は徐々に離れていく。


 い、行かないでよっ、ミューリエっ! こんな精神がズタボロな状態で、さらにキミにまで見捨てられたらきっと僕は二度と立ち直れない。もうひとりになるのは嫌だ。今度こそ心が完膚かんぷ無きまでに崩壊してしまう。



 ……でもその時だった。


 ミューリエは十数歩くらい歩いてから不意に立ち止まり、こちらに背を向けたまま数秒の沈黙。僕は固唾を呑んで一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくに注目する。


「もしかしたら、今回の返答はお前のこれからの人生を大きく左右するかもしれん。それだけは言っておく。では、私は水を汲んでくるから、お前はここで野宿の準備をしておいてくれ。このままどこかへ消えたりはしない。それは約束する」


 そう言い残すと、今度こそミューリエは森の中へ消えた。


 ただ、彼女が再び戻ってくるのが分かっているからか、絶望の中にもかすかな光だけは残ってほんのちょっぴりだけど安堵する。だって彼女が約束を破るとは思えないから。


 もちろん、確実に一緒にいられるのは日没までの数時間。その先は僕の返答次第だ。


 それにしても、どうしてミューリエはあんなに不機嫌になってしまったのだろう? 何がいけなかったのかな?




 モンスターとの戦いを任せっきりにしてしまったことだろうか。


 タックさんの試練に尻込みしてしまったことだろうか。


 剣を振るう僕の姿が無様だったからだろうか。




 …………。


 うぅ……思い当たることが多すぎる……。それにミューリエの機嫌を損ねた原因が分かったとして、僕はどんな選択をすればいいんだ?


 分からない……何もかも分からない……。


 苦しいよ……痛いよ……悲しいよ……寂しいよ……怖いよ……もう嫌だよ……。


「……ぁ……っ……」


 地面にポタリと雫が落ちた。


 あれ……? 雨……かな……。でも空はどこまでも深い青色で雲ひとつなくて、日差しも強い。お日様の角度は少し傾いているとは思うけど。


 ……え? だとしたらこれは……涙……?


「うっ……ぅっ……」


 いつの間にか涙がこぼれ落ちていた。それを認識した途端、手の甲で拭っても拭っても止め処なく溢れてくる。鼻水も垂れてくる。


 なんで……? なんでこんなに涙が出るんだ?



(つづく……)

 

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