第4-5節:勇者の試練と審判者

 

 その後、しばらく探索を続けると、僕たちはだだっ広い空間へ出た。


 面積はトンモロ村の広場と同じくらい。高さは一般的な建物の3階分といったところか。まさか洞窟の奥深くにこんな空間があるなんて、想像もしていなかった。何の目的があってこんな構造になっているのだろう?


 ちなみに床や壁、天井などは大理石のようなツヤがある石で出来ていて、照明ライティングの魔法の光が淡く反射している。


 ――そしてここから先へ続く道はない。つまりここが洞窟の終着点ということ。


「あ……!」


 程なく僕はその空間の突き当たりに設置されている、玉座のような形に加工された石に誰かが腰掛けていることに気が付いた。


 歩み寄ってみると、そこにいたのはエルフ族らしき男の子。外見は僕よりも年下のような感じだけど、エルフ族みたいに寿命が何百年もある長命な種族なら僕より遥か年上ということも充分あり得る。


 彼は茜色の短髪にターバンのような布を巻いていて、横に細長く伸びた耳とクリクリッとした丸い目、口元からのぞく八重歯が印象的。土色のシャツの上に深緑色のチョッキを着て、お尻の辺りがゆったりとした長ズボンを穿いている。


 肌は少し焼けている感じだ。ずっと洞窟の中にいるわけじゃないのかな? それとも生まれつきそういう肌の色をした種族なのかな? 


 そして容易に会話が出来る距離まで僕たちが近付くと、彼はニヤリと意味深な笑みを浮かべる。


「へぇ……。これはまた面白そうなコンビだねぇ?」


「…………」


 ミューリエはポーカーフェイスのまま、何の反応も示さない。彼をただ静かに見据えている。何を思っているのかは分からない。


 一方、僕はすぐさま彼に頭を下げて挨拶をする。


「あのっ、僕はアレスといいます。彼女はミューリエ。それで僕は――」


「勇者の血をひいてるってんだろ? そして『勇者に必要なもの』を手に入れるためにやってきた。ここに来る目的なんて、それくらいしかないだろうからな~☆」


「っ!? あなたはなぜそのことをっ?」


「オイラの名前はタック。『勇者の証』のひとつを授ける審判者さ。だからある程度の事情は知っているし、勇者の血筋かどうかも気配で分かる。安心しろ、お前は間違いなく勇者の末裔まつえいだ」


 そっか、やっぱり僕は勇者の末裔まつえいなんだ……。


 村長様や村のみんなからずっとそう聞かされてきたけど、剣も魔法も使えなくて性格も臆病おくびょうだから、実は何かの間違いなんじゃないかって疑って見ていたところが少なからずあった。これでその疑念が完全に払拭された形になる。



 もし間違いであってくれたなら、魔王討伐の旅をしなくて済んだんだけどな……。


 ただ、そんな落胆した気持ちの一方でホッとした部分もあるというか、熱い想いも感じられるような気がする。なぜそんな複雑な心境になっているのかは自分でもよく分からない。


 いずれにしても、ひとまずこの場はその感情を置いておくことにして、今の会話の中で気になったことをタックさんに問いかける。


「……えっと、あなたがおっしゃった『勇者の証』というのは何ですか?」


「世界には試練の洞窟が5つある。それぞれに審判者がいて、勇者だと認めた者に証を与える。その5つ全てが集まって初めて、魔王と対等に戦える力を得られるのさ。ふふっ……」


 タックさんはニヤニヤしながら、チラリと視線をミューリエに向けた。


 どことなく得意気な顔をしているのは、一般人の彼女が知らないであろう知識を披露して優越感に浸っているということなのかもしれない。


 一方、ミューリエも今回は明確に反応を示し、「ほぅ……」と興味深げな声を上げる。




 …………。


 ……あっ!


 そういえば、ミューリエには僕が勇者の末裔まつえいだって明かしてなかったような気がする! そのタイミングが今までなかったというか、意識を向けなきゃいけないことがほかにもたくさんあったからすっかり忘れてた。


 簡単にでも、取り急ぎ説明しないとっ!


「あのっ、ミューリエ! 今まで黙っててゴメン! 隠すつもりはなかったというかっ、話す機会がなくてさ! 実は僕は勇者の血をひいていて――」


「――なんとなく、そんな気はしていた」


「えっ……?」


「旅に同行させてほしいと問いかけた時、自分は魔王討伐へ向かう途中だとお前は話していただろう? それと熊の動きを封じたあの不思議な力、普通の人間ではないと察しはつく。それらを併せて考えれば、勇者の末裔まつえいだと聞かされてもさほど驚かん。まぁ、急かすようなことでもないし、話してくれる時まで気長に待っていようと思っていたところだ」


「っ!?」


 なるほど、そうだったのか……。


 確かにミューリエは頭脳明晰めいせきで冷静な性格だから、僕の正体になんとなくでも辿り着いていたとしても全然不思議じゃない。



(つづく……)

 

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