第4-6節:第1の試練の内容

 

 でも、そうだとすると今後はもう少し気をつけないといけない。今回は身バレした相手が仲間だったから問題なかったけど、もし敵や魔族だったら危険な事態になるかもしれないから。僕をピンポイントで狙ってくる可能性だって充分にある。


 うんっ、あらためて気を引き締めないと!


「――あの、タックさん。僕が勇者の末裔まつえいだとお分かりいただけたということは、証をいただけるんですね?」


「おっと、そうはいかね~な。確かにお前は勇者の末裔まつえいだが、まだ『勇者』として認めたわけじゃないぜ~? 現時点では『勇者見習い』とか『勇者候補』といったところだな」


「っ……。では、あなたに認めてもらうにはどうすればいいんですか?」


「試練を受けてもらう。それをクリアしたら証をやるよっ♪」


「試練……ですか……」


「あははっ! オイラの試練はすっごく単純でめちゃくちゃ簡単っ♪ オイラが召喚する『鎧の騎士』を倒せばいいのさ。剣でも魔法でも、なんでもいい。その手段は問わない。ただし、お前ひとりの力でだけどなっ☆」


「えぇええええぇーっ!?」


 僕は思わず大声を上げてしまった。


 だって僕がひとりで『鎧の騎士』とかいう、名前からして強そうな相手を倒さないといけないというんだからそれも当然だ。


 そんなの無理に決まっている。自分で言うのもなんだけど、最下級モンスターのスライム1匹にさえ狼狽うろたえている僕に出来るわけがない。情けないけどそれが現実。


 ……ま、まぁ、試練がすっごく単純という点についてだけは同意するけど。


「おいおい、そんなに驚くことか? そもそもそっちの彼女が手伝ったら、試練にならないだろ? そう思うよねぇ、彼女?」


「気安く私に話しかけるな! ……殺すぞ?」


 ミューリエは敵意に満ちた瞳でタックさんを睨み付けた。


 するとタックさんはペロッと舌を出して、おちょくるようにケラケラと笑う。反省しているどころか、むしろわざと挑発して楽しんでいる感じだ。


 命知らずというか、ミューリエの実力を知らないからなんだろうな。とてもじゃないけど僕には真似できない……。


「んじゃ、話はこれくらいにしてさっさと試練を始めるかっ」


 タックさんはヒョイッと立ち上がると、何かをブツブツと呟きながら指で空中に印を描こうとした。あれってもしかして『鎧の騎士』を召喚するための魔法か何かかな?


 ――って、えぇっ!? こんなにいきなりなのっ?


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよっ! まだ心の準備がっ! それにもしやられちゃったら……」


「大丈夫。このフロアにいる限り『鎧の騎士』はお前の命を奪えない。そう契約されてる召喚獣だ。ただし、瀕死の重傷を食らわせられるってことはありえるけどな~☆ あははっ♪」


 なんでこの人はそういう大変なことを面白おかしく言うんだろう?


 彼にとっては楽しいイベントなのかもしれないけど、僕にとっては勇者の末裔まつえいというだけで大怪我させられるかもしれないという、不条理な罰ゲームみたいなものなんだから。僕の身にもなってほしい。泣きたくなってくる……。


 そもそも僕は戦いが嫌いだし、剣も魔法も使えないのに『鎧の騎士』を倒せるわけがないじゃないか。


 僕は恨みがましくタックさんを睨み付けながら、不満げに低く唸る。


「まっ、試練を受けたくないないならそれでもいいさ。オイラは別に困らないし。もしその気になったら声をかけてくれればいい」


「そう言われても戦って勝つなんて……」


「そんなに自信がないのか? じゃ、試しに腕を見てやるよ。オイラ、こう見えて結構強いんだぜ? だからそのお腰に下げてる真剣を使っていいし、手加減もいらねーっ♪」


「……っ……」


 タックさんはああ言っているけど、僕はどうすればいいんだろう?


 腕を見るだけということなら、タックさんに挑んでみるのも悪くはないかもしれない。ただ、僕は今の今までマトモに剣を振るったことなんて一度たりともない。出来ることといえば、見よう見まねで振り回すことくらいだ。


 それに万が一にもタックさんに怪我をさせちゃったら悪いし……。


「――アレス、やってみたらどうだ?」


 不意にミューリエが声をかけてきた。ただ、ちょっとぶっきらぼうというか、投げやりというか、いつにも増して冷たい印象を受ける。結果がどうなろうと知ったことじゃないけど、見るに見かねて口を出した――といった感じだ。


 彼女は腕組みをしたまま壁に背中を寄りかからせ、小さなため息をいている。


 ミューリエ、どうしちゃったんだろう? やっぱりスライムと遭遇した辺りから態度が変わったような気がする……。


「アレスよ、このままでは勇者の証とやらは手に入らんぞ? それに己の全てを振り絞ったならば、よもやということもあるかもしれん。まずは行動してみるべきではないのか?」


「よ、よぅし……」


 ミューリエの言葉が僕の背中を押した。僕は覚悟を決め、人生で初めて剣を抜くことにする。もちろん、トンモロ村にいる時に持つだけということはあったけど、誰かを相手にして剣を構えたことはない。緊張で思わず唾を飲み込む。



(つづく……)

 

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