第4-4節:見えない亀裂

 

 洞窟をさらに進んでいくと、今度は真っ正面からモンスターが現れた。


 外見はコウモリとそっくりで、胴体の大きさは小型犬と同じくらい。ただ、翼を広げるとかなり大きく見えて迫力がある。また、血のように赤く見える口の奥には尖った牙が無数に生え、ダラダラとヨダレを垂らしている。


 さらに翼の先端や足にはかぎ爪があって、体当たりとともに一撃を食らったら僕の肉体は引き裂かれてしまいそうだ。そんなヤツが飛行しながらこちらに迫ってくる。


 僕はすかさず両腕で頭を防御しながら、壁際にしゃがんで小さく丸まった。おかげで1撃目は食らわずに通り過ぎていったけど、すぐに引き返してきて再び攻撃しようとしてくる。


 一方、ミューリエは剣に手をかけて身構え、いつでも迎撃できるような体勢になっている。


「ミューリエっ、あれもモンスターだよねッ?」


「デビルバットだ。ヤツには毒があるから気をつけろ」


「どっ、毒っ!?」


「体に入っても即死することはないが、それでも処置が遅れれば死に至る。それと体力が尽きる前であっても、激痛でショック死する可能性はあるな」


 その話を聞いて僕は瞬時に血の気が退き、体が勝手に震えだした。奥歯がガタガタと音を立てて止まらない。まるでフロアが凍り付いたかのような寒さを感じる。


 しかもデビルバットが通り過ぎる際の風切り音や獣臭が絶えることなく伝わってきて、命の危機をまざまざと認識させられる。スライムの時とは緊張感がまるで違う。


 一方、デビルバットは僕に対して襲いかかってきているけど、ミューリエには近付いていく素振りすらほとんどなかった。もしかしたら、実力の差――つまり彼女には勝てないと本能的に察しているのかも……。


 それなら弱い僕を集中的に狙ってくるのも頷ける。知能はスライムより高そうだもんね。だとしたら下手に動くのはますます危険だ。その隙を狙って攻撃されてしまう。


「ミューリエ、どうしよう? 僕は身動きが取れないよ……」


「そのようだな。今回はどうする? デビルバットを倒して良いのか?」


 どことなく無機質な感じがするミューリエの声。スライムを倒して以来、こういう対応が続いているような気がする。あるいは今に限っては、臆病おくびょうな僕の姿を見て呆れているのかな?


 でも相手は凶悪なモンスターなんだから、怖がってもおかしいことじゃない。ミューリエにとっては弱いモンスターであっても、僕にとっては桁違いに格上の相手なんだから。


「うん、お願いするよ。このままじゃ二進にっち三進さっちもいかないもん」


「だが、あれはモンスターではあるが獣に近しい存在だ。もし邪気がなければ大型のコウモリと変わらん。それでも本当に倒して良いのだな?」


 念押しをしてくるミューリエの態度はいつになく冷ややかだった。鋭い目付きで僕の方を睨み、その瞳には光も温かさも漂っていない。そして目が合った瞬間、威圧されるような空気を感じ、背筋に寒気が走って体が強張る。



 今のミューリエは……ちょっと怖い……。



 なぜ彼女は『本当に倒しても良いのか』なんて訊くのだろう? 邪気がなければ大型のコウモリのようだといっても、それはあくまでも仮定の話。現にデビルバットは敵意を持って僕に襲いかかってきている。やはり獣ではなくモンスターなんだ。


 それにこのままずっと攻撃を避け続けるのも難しい。いずれ僕の気力も体力も尽きて、あの素速い動きに対処できなくなる。そうなったら確実に毒牙の餌食となる。


 この状況では逃げることだって不可能だし、ピンチを乗り切るにはミューリエにデビルバットを倒してもらうしかない。


「ミューリエっ、デビルバットは動物に近かったとしてもモンスターだよっ! だから早く倒しちゃってよ!」


「……承知」


 ポツリと呟いた直後、ミューリエは目にも留まらぬ速さで剣を振るってあっさりとデビルバットを倒した。真っ二つになった肉塊は床に落ち、わずかにピクピクと痙攣している。ただ、それも程なく沈黙し、その場に静けさが戻る。


 ミューリエは剣を鞘に収めると、無言でその場にたたずんでいた。こちらには背を向けた位置関係になっているから表情は分からない。


「……た、助けてくれてありがとう。ミューリエ」


 僕はそう声をかけたけど、依然として彼女は一言も発さなかった。髪の毛1本すら動きがなかった。まるで金縛りにでも遭っているんじゃないかというくらいに凍り付いている。


 重苦しい空気と耳が痛くなるような無音。その緊張感に耐えきれず、僕は思わず唾を飲み込む。


「……行くぞ」


 ミューリエは僕に背を向けたまま小さく呟くと、早足で先に歩いていってしまった。


 まるで僕の存在なんかそこにはなくて、ひとりで旅をしているかのような感じ。意識すら向けようとしてくれない。


 なんだか僕らの間に心の壁が出来たというか、天と地くらいに気持ちが離れてしまったような気がする。どうしてこんな風になっちゃったんだろう? 悲しくて寂しくて、胸が張り裂けそうになる。


 とはいえ、今の僕にはミューリエに付いていくほかに選択肢なんてない。だから今は色々な想いを心の隅に押し込め、急いで追いついて彼女の1歩後ろを歩いていく。


 こうして僕たちはさらに洞窟の奥へと進んでいくのだった。



(つづく……)

 

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