第4-3節:不穏な風向き
でもそのモンスターを確認した途端、なぜか全身から力を抜いて小さく息を
――っていうか、程なく僕に向けられた横目からはどことなく呆れているような雰囲気が。気のせいかな?
「アレスよ、私よりも先にモンスターを見つけるとは大したものだ。だが、いくらなんでも驚きすぎだ。あれは最下級モンスターの『スライム』だぞ? 普通の人間だって、倒すのは難しくない弱い相手だ」
「だ、だってっ、僕はモンスターと戦ったことなんて――いや、遭遇したことさえ今までに一度もなかったんだもんっ! ……あ……ま、まぁ……森ではドラゴンと会ったけど、あんな粘液に目と口があって、うねるように動くような気持ちの悪いやつは初めてなんだよぉ!」
スライムの外見は蜂蜜みたいにねばねばした粘液に目と口が付いていて、それが天井から垂れ下がってきている。色は若草色。大きさは手のひら3つ分くらいだろうか。
うぅ……気持ち悪い……。モンスターってこんなグロテスクなやつもいるのか……。僕には刺激が強すぎる……。
――あっ!
そうだ、思い出した……。
さっきはモンスターに一度も遭遇したことないって言ったけど、幼いころに一度だけ、誤って迷い込んだ森の中で何かのモンスターに遭遇したことがある。恐ろしいという記憶ばかりが強くて、どんなヤツだったかは忘れてしまったけど。
でもそいつには意思疎通の力が全く通じなかったというのだけは、間違いないと思う。
どんなに『来ないでっ!』って念じても離れていってくれなくて、ただただ怖かった気がするから。あの時、もし村長様が助けに来てくれなかったら、僕は命を落としていたかもしれない。
こうして思い返してみると、そのころからヘタレで戦いも嫌いだったんだなぁ……。
さて、それはそれとして、スライムと対峙しているこの場をどう乗り越えるか?
なんとかしてヤツを排除しないと先には進めそうにない。気にせず逃げ切ることも出来るかもだけど、もし追いつかれて背後から襲われたらと思うと背筋が寒くなる。きっとドロドロとした感触が肌に絡みついて気持ち悪いに違いない。
あぅ……想像しただけで鳥肌が立ってきちゃったよぉ……。
「ミューリエ、スライムが最下級だろうとモンスターはモンスターだよっ! 特にアイツは気味が悪いしっ! なんとかしてよっ!」
「やれやれ、
「うん!」
僕が頷くと、ミューリエはスライムのいるところまで歩み寄っていって剣を抜いた。そして軽く構え、切っ先をスライムの中心に向ける。あとはそのまま突き刺せば、おそらくそれで終わるだろう。
でも、彼女は剣を構えたまま動きを止め、なぜか僕の方を向く。
「どうしたの、ミューリエ?」
「今回は熊の時のように止めないのだな?」
「え? だってモンスターは動物や虫とは違うよ。悪意の塊だもんっ! 僕の念だって通じないし……」
「……では、本当にスライムを殺してしまって良いのだな?」
鋭い目付きで僕を真っ直ぐ見つめるミューリエ。その瞳の奥には炎と氷が共生しているかのような、熱くて冷たいという現実にはあり得ない複雑な光が灯っている。希望と絶望が入り交じっているというか、こういうのを“混沌”というのかな。
いずれにしても、ちょっと怖いような気がするのは確かだと思う。
彼女は今、どういう気持ちで、どういう意図で僕に問いかけているのだろう? それになぜミューリエはスライムにトドメを刺すのを
モンスターは僕たちに害をなす敵であって、動物や虫などとは違う。僕の念が通じるのなら戦闘を避けることが出来るかもしれないけど、それが無理なら倒すしかない。
……そりゃ、殺してしまうのは
「ミューリエ、早くスライムを倒しちゃってよ!」
「分かった……」
ミューリエはなぜか寂しげな瞳で僕を見ながらポツリと呟いた。
その瞬間、僕の心はなぜか痛みと悲しさを感じ、切なさに包まれる。なんかスッキリしなくて落ち着かない。なんだろう、この気持ちは……。
直後、ミューリエはそのまま剣を突き刺し、スライムはボトリと床に落ちて絶命した。今や単なる粘液の塊と化し、ピクリとも動かなくなる。あとは放っておけば自然と水分が蒸発して、跡形もなくなることだろう。
その場は沈黙が支配し、それと同時になぜか居心地の悪い空気が漂っている。
「と、とりあえず怪我もなく倒せて良かったね! ミューリエがいてくれて助かったよ♪」
「……行くぞ」
僕は笑顔でミューリエに声をかけたんだけど、彼女はどことなく素っ気ない態度でスタスタと先に歩き始めてしまった。こちらを振り向こうとする素振りは全くない。
しかも慌てて走ってすぐ横まで追いついたんだけど、それ以降は何を話しかけても相槌を打つくらいの反応しか返ってこなかった。
怒ってるというところまではいかないと思うけど、不機嫌そうなのは間違いない。それを肌で感じる。
ミューリエ、どうしたんだろう? 僕、何かおかしなことでも言ったかな?
(つづく……)
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