第4-2節:地図の記録とモンスター

 

 地面はならされ、左右の壁は直方体の小さな石が積み上げられて整然と並んでいる。天井は大きな石板がフタのように被せられて、それが奥に向かって何枚も連なっている感じだ。


 やっぱりここは天然の洞窟じゃない。少なくとも内部は誰かによって手が加えられている。



 響き渡る僕たちの足音と天板のつなぎ目から滴る水滴の落ちる音――。


 すでに外からの音は聞こえてこない。まるで地の底まで潜り込んでいくような感覚。この通路はどこまで続いているのだろう。


「あ……」


 やがて目の前には道が左右に枝分かれしている場所が見えてくる。


 どちらに進むべきか――というのはもちろん重要だけど、こういう場合はそれ以上に自分のいる現在地を把握するのが重要になる。だってもし目的を達成したとしても、外に戻れなくなってしまったら元も子もないから。


 僕はトンモロ村からシアの城下町まで歩いていた山道でも、迷わないように一定の間隔で木に剣で傷を付けて目印にしていた。それに加えて太陽の角度とか星の位置とかも参考にしながら進んだ。


 でもここは洞窟内だから太陽や星を参考にすることは出来ない。


 だからこそ、屋外よりもこういった場所では目印や曲がった方向などの記録がより重要になると思うんだ。


 ――早速、僕は道具の入っている袋から羊皮紙とペンを取り出し、便宜的に進行方向を北としてここまでの行程を記録する。


 するとそれを見たミューリエは驚嘆の声を上げ、満足げな顔で小さく頷く。


「おぉっ、地図の記録マッピングか! アレスよ、旅の初心者にしてはよくそこまで頭が回ったな。感心したぞ」


「てはは、そう言ってもらえると嬉しいな。旅で僕に出来るのはこれくらいしかないからね。剣も魔法も使えない分、せめてこういうところで役に立たなきゃ、ねっ?」


「ふふふ、謙遜けんそんするな。熊と遭遇した時はきちんと役に立ったではないか。――だが、それはそれとして率先そっせんして何かをやろうとする気持ちは大切だし、尊重せねばな。ゆえに今後の地図の記録マッピングはアレスに任せよう。良いな?」


「うんっ、もちろんだよ!」


「では、アレスに良いものをやろう」


 そう言うとミューリエは自分の道具袋を取り出し、中を探って何かを取り出した。


 その手に握られていたのは、アンティークっぽい味わいのあるコンパス。ただ、文字盤の中央に豆粒大の赤い宝石が付いていることから、普通のコンパスとは何かが違うんだと思う――たぶん。


 少なくとも、宝石が付いている分は価格が高そうだ。


「このコンパスは何?」


「『しらせのコンパス』だ。方位を示す通常のコンパスとしても使えるが、探し物やダンジョン内の簡易的なトラップを見つけることも出来る。ただし、探索可能な範囲は限定的だし、探索対象に魔法がかけられているなど一部の条件下では効果を発揮しない場合もあるがな」


「そうなんだ。これ、僕がもらっていいの?」


「うむっ!」


「分かった。大事に使わせてもらうね」


 僕はミューリエからしらせのコンパスを受け取ると、それを使って方角を確認し、マップにそれを書き足した。その後、洞窟の探索を再開させたのだった。





「……む?」


 探索を続けていてしばらく経った時のこと、前を歩いていたミューリエは急に立ち止まり、すかさず自分の腰に差している剣に手をかけて身構えた。表情は険しくなって、しきりに辺りを警戒している。


 視線の運ばせ方や構えは洗練されていて、動きにはムダがない。気配も静かな中に熱い炎の猛りがあって、少しでも異変を察知すれば即座にその状況に応じて適切な対処に移れそうな感じがする。


 こういうのを隙がないって言うんだろうな……。


 その様子を見る限り、おそらく不穏な何かを感じ取ったんだろう。そういえば、右上の奥の方からドス黒い悪意というか敵意というか、嫌な気配が漂ってくるような……。




 …………。


 ……え?


 目が……合った……?


「――うわぁあああああぁっ! ミ、ミューリエっ、みみみ、右の天井ッ! 変なモンスターがいるよぉっ!!」


 僕は思わず腰を抜かして、後ろへ尻餅をついてしまった。そのまま後ずさりをしながら、小刻みに震える指でその場所を指し示す。


 いや、震えているのは指だけじゃない。唇も上半身も足も、そして精神も大きく揺れている。胸の鼓動は瞬時に最高潮にまで加速して、全ての毛穴から冷や汗が噴水のように湧き出しているような感じがする。


 確実に僕の寿命は縮まったと思う。驚きでショック死しなかっただけマシかもだけど。


 するとミューリエは即座に僕の指差す方向へ視線を向け、今にも剣を抜かんとする。



(つづく……)

 

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