第3-5節:不思議な縁
うん、まだここで気を抜いちゃいけない。熊が戦う意思を完全になくすまで想いを伝えないと。
だから僕は再び目を閉じ、さらに念じ続ける――。
『人間に対して腹が立つこともあるだろうし、いきなり攻撃してくるヤツもいるかもしれない。でも僕のように戦いが嫌いだったり、危害を加えたりしない人間もいる。出来れば争いにならない方がお互いのためになるでしょ?」
「……ぐるる……ぐぐぅ……」
『だからお願いだよ、今後は人間を襲わないって約束してくれないか? さっき僕の仲間がキミを攻撃したことは謝る。薬草で手当もするよ。切断された前足はどうにもならないけど』
「…………」
その直後、熊はヨロヨロと立ち上がり、切断された前足を僕の前に差し出した。優しい目をしていて、もはや敵意も戦意も感じられない。まるで借りてきた猫のようにも思える。
まぁ、猫にしては大きすぎるけど……。
僕はそんな彼の姿に対し、申し訳なさと愛おしさを込めて頭を柔らかく撫でてやった。そして持ち物の入った袋から包帯と薬草を取り出し、手当をしてあげたのだった。
その後、熊はおぼつかない足取りで静かに森の中へ去っていった。その姿が見えなくなるまで僕は見守り、ようやく大きく息を
「怪我が心配だけど、きっと大丈夫だよね? きっとあの熊は今後、人間との争いを避けるようにしてくれると思う。不意に人間と遭遇するとか、そういう不測の事態さえ起きなければね」
「あんた、一体何をしたのっ!? 何者なのっ?」
魔法使いの女の子は目を丸くしながら、僕の両肩を掴んで激しく揺すった。その勢いと力強さのせいか、次の瞬間に僕は酷い目まいがして世界がブレるような感覚に襲われる。
それに立っていられないほどじゃないけど、激しい脱力感が全身を包み込む。
……あれ? なんだろ、この不調は? ホッとしたから疲れが一気に出てきちゃったのかな? 休憩で回復した分の体力と気力を使い切っちゃったとか?
ま、きっとそういうことなんだろうな。それならまた休めばいい。
そんなことを思いながら、僕はこの不調のことを特に気に留めず状況を彼女に説明する。
「えっと、熊を説得――というか、人間を襲わないでってお願いをしたんです。その想いが熊に伝わったみたいで。なんで僕にそんなことが出来るのか、自分でもよく分からないですけど」
「信じられない……。でも目の前で実際に起きたことを考えると、信じざるを得ないわよね……。あんた、
「えっ? どうなんでしょうか……てはは……」
僕ははにかみながら指で自分の頬を掻いた。
確かにもしそうした素質があるなら、喜ぶべきことかもしれない。少なくとも何の力もないよりはマシだ。こんな僕でも役に立てる可能性があるんだから。今後も機会があったら、また試してみようかな。
するとその話を横で聞いていたミューリエが悟ったような顔をして頷く。
「シアの宿屋でブラックドラゴンとやり取りをした際の話を聞いたが、やはりアレスには異種族と意思疎通が出来る力があるのは間違いないようだな」
「えっ? あっ、もしかしてミューリエはそれを確かめようとして、僕をけしかけたの?」
「まぁな。
「そうだったんだ。だったらそう言ってくれればいいのに……」
「自分で考えて行動するのも大切なことだ。――それにしても、縁とは不思議なものだな。やはり私とアレスが出会ったのは必然だったのだ。だとすれば、なんとも複雑な気分だが……」
そう言ってミューリエはなぜか苦笑しながら明後日の方を向いた。そして物思いにふけるように、どこか遠い目をしている。
――っ? 今のミューリエの言葉、どういう意味だろう? 縁がどうとかという部分から先がよく分からない。
百歩譲って『縁が不思議だ』というのは、そういうものなんだろうなと捉えることが出来る。でも僕とミューリエの出会いが必然だとか、それによって複雑な気分になるというのは完全に意味不明だ。
…………。
……いや、ちょっと待てよ?
そういえば僕もミューリエと出会った時、どこか懐かしいというか、縁の繋がりみたいなものを本能的に感じたような覚えがある。
単なる気のせいなのか? あるいはやっぱり僕たちの間に何かがあるのか?
(つづく……)
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