第3-4節:アレスの特殊能力?
――やっぱりこんなのダメだっ! 無闇に命を奪うようなことはしたくない!
「ま、待ってよ、ミューリエ!」
僕はそう叫びながら慌ててミューリエに駆け寄った。そして剣を握る彼女の右手を掴み、首を小さく左右に振る。
「もうそれくらいでいいでしょ? 熊はもう抵抗できない状態なんだから。命まで取る必要はないよ……」
「…………」
直後、ミューリエはチラリと横目で僕を
この雰囲気だと、今は一時的にトドメを刺すのをやめただけという感じ。いずれにしても時間が稼げたのは確かだ。ほんのちょっぴりだけ熊の命を長らえさせることが出来た。次こそはミューリエを納得させうる言葉なり行動なりを考えないと。
――と、思案していると、魔法使いの女の子が僕を鋭い目付きで睨み付けてくる。
「ちょっと、あんたバカなのっ? こんな凶暴なヤツをこのまま見逃したら危ないでしょ! いつか再び人間を襲うかもしれない。その被害者があんたの家族とか大切な人だったらどうするの? 悔やんでも悔やみきれないことになるけど、それでもいいのっ?」
「う……」
確かに彼女の言い分も理解できないわけじゃない。むしろ正論だと思う。トンモロ村でも過去に熊に襲われて、命を落とした人がいるから。
その時は村の大人たちが総出でその熊を追い詰めて駆除した。村長様の話によると、そこまで徹底して対処したのは人間の肉の味を覚えた熊はまた人間を襲ってくるからということらしい。本当かどうかは知らないけど。
でも……だからといって人間の都合で熊の命を奪っていいものなのか……?
僕はこのまま熊の命を奪いたくない。もちろん、それが正しい選択なのかは分からない。いや、人間の側から見ればきっと僕は間違っているんだろう。だからこそ、何かもっと別の選択肢があればッ!
「…………」
僕は俯いたまま、何も言えずに考え込んでいた。
するとしばらくしてミューリエは大きく息を
「アレス、この場はお前が収めてみろ。もしそれが出来ないのなら、私はこの熊にトドメを刺す。異論は認めん」
「え……。収めるって、それはどういう――」
「良いなっ?」
僕の言葉を遮り、強く問いかけてくるミューリエ。そして真っ直ぐ僕の瞳を見つめながら返事を待っている。その表情はいつになく冷たくて険しい。
まるで師匠が不出来な弟子を突き放すかのような感じだろうか。確かにそれと似たような状況かもしれないけど。
でも僕はどうすればいいんだろう? 収めろって言われても意味が分からない。
「アレスっ! 良・い・なっ?」
「は、はいぃっ!」
強く迫られ、思わず僕は返事をしてしまった。
するとミューリエは一歩下がり、腕を胸の前で組んで僕の
こうなったらもうあとには退けない。僕の対応次第でこの熊は命を落とすことになる。
くそ……熊と意思疎通さえ出来れば……。
…………。
……意思疎通……か……。
そうだ、熊に向かって念じてみよう! 僕は敵じゃない、争うつもりはない――と。
かつて虫や獣に対して『こっちへ来ないで』と念じた時、いつも彼らは不思議とどこかへ行ってくれた。その理由は今でも全く分からないけど、それってもし僕の想いが本当に伝わっていたということだったとしたらどうだろう?
もちろん、僕には熊の想いを感じ取ることは出来ない。でも僕の想いが熊に伝わるなら、こちらからの一方通行にはなるけど、ある程度の意思疎通は可能かもしれない。
うんっ、ダメで元々! 試してみるかっ! 自分の想いを精一杯を念じてみよう!
未だ警戒心を解かず、低く唸りを上げる熊に僕は一歩近寄った。そして目を
『お願いだから人間を襲うのをやめて。僕は敵じゃない。危害は加えないよ。だから落ち着いて……』
わずかな間が空いたあと、僕はゆっくりと
すると――っ!
なんと熊が唸るのをやめた! しかもなんとなくだけど、気持ちが落ち着いたようにも感じられる。事実、逆立っていた全身の毛が穏やかになっているから。敵意が静まり、警戒心を少しは解いてくれたのかもしれない。
嘘みたい! 奇跡が起きたっ! 熊に対して想いを念じたのは初めてだけど、やっぱり動物に対しては何らかの効果があるみたいだ。
思わず心の中が嬉しい気持ちで一杯になる。それは気持ちが通じたという嬉しさもあるけど、これで熊を救えるかもしれないという嬉しさの方が圧倒的に強い。
「うそっ!? 熊がおとなしくなった?」
魔法使いの女の子はこの事態に驚嘆の声を上げていた。そりゃ、そうだ。僕だって驚いているんだから。
一方、ミューリエはさっきから表情を変えず、依然として静かに様子を見守っている。どう感じているのかは
(つづく……)
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