第3-2節:街道の片隅で

 

 仲間……か……。


 そっか、僕たちは仲間……なんだよね……。



 その言葉を頭の中で反芻はんすうするほど、胸の奥が炎でも灯ったかのように熱くなってくる。活力が体の中から噴き上がってくる。疲れなんかどこかへ吹き飛んでいく。


 そうだ、今の僕はひとりじゃない。ひとりじゃないんだ! そのことがこんなにも嬉しくて、素敵なことだったなんて……。


 もっと仲間を頼っていいのかもしれない。ひとりで頑張ることも大切だけど、時には誰かと一緒に歩むのも頑張り方のひとつなのかも。


 どうしても傭兵たちとの一件が頭の隅にあるから裏切られる怖さや不安はあるけど、考えたって仕方がない。それにもし相手の裏に思惑みたいなものがあったとしても、その瞬間においての想いは決して偽りなんかじゃない。その時の想いは確実にそこにある。


 ――だから僕はミューリエを信じる!


 あの瞳と言葉、そしてゲンコツの痛さ。真っ直ぐで無垢むくで、僕の心を揺れ動かした想いを信じる!


 僕はその決意を胸に秘め、満面の笑みでミューリエを見つめる。


「うん、ミューリエ! これからは気をつけるよっ!」


「叱られたのに、やけに嬉しそうだな? ゲンコツの当たり所が悪かったか?」


「てはは、どうかな……? むしろ当たり所は良かったんじゃないかな? 僕、すごくいい気分だし」


「……叩かれて気分が良いとは、変なヤツだ。まれにそういう趣向の持ち主もいるとは聞いたことがあるが、その感覚が私にはさっぱり分からん」


「それとは意味が違うんだけどな……。まぁ、いいけど」


「ふむ……」


「あのね、ミューリエ。僕もいつかキミに頼られるようになりたい。だから僕なりに頑張るね」


「っ!? ――あぁ! 期待しているぞ!」


 ミューリエは一瞬、キョトンとしていた。何を言われたのか、即座には理解できていなかった感じ。でもすぐに柔らかな瞳になって、力強く僕の肩を叩く。


 うん、彼女をガッカリさせないためにも、この気持ちを忘れないようにしないと!





 その後、僕たちは街道沿いにある大岩の横に座って休憩することにした。


 その大岩は僕の身長とほぼ同じ高さがあって、胴回りは広げた両手の3倍くらいのサイズ。ただ、地面の上に出ているのはそれでも一部のようで、埋まっている部分を含めるとどれだけ大きいかは想像もつかない。


 なんにせよ、崩れてきたり転がってきたりということはなさそうだから、その点は安心していいだろう。そして岩を背にしていれば、後方の警戒をしなくて済む。


「……ふぅ、美味しい」


 僕は皮製の水筒に入った水で喉を潤し、ビスケットでエネルギーを補給した。


 この時になって気付いたことだけど、竜水晶による飢えと渇きを防ぐ効果には即効性がないみたいだ。直接、食べ物や飲み物を経口摂取した方が確実かつ強い満腹感があって、体力の回復も早い気がする。


 竜水晶は持っているだけで自然と空腹感が解消される一方、今回みたいに急激にエネルギーを消費した場合は平常状態に戻るまで時間がかかるんだと思う。


 つまり竜水晶は空腹状態を回避するための最後の手段と考えて、出来る限り食事をする方が好ましいように感じる。食欲の充足とは別に、こうして食事の重要性が分かったのは怪我の功名だったかもしれない。


「それにしても静かだなぁ……」


 ここは人里から離れている上、今は近くを通る旅人などもいないのか、人為的な音はしない。そよ風に吹かれた木々のささやきや小鳥たちのさえずりだけが聞こえてくる。そして草の香りが優しく鼻をいたわり、深呼吸をすると涼しさが体の中に広がっていく。


 まるで大自然のエネルギーを吸収して、癒されていくような感じさえする。




 ――うん、実際にだいぶ体力が回復してきた。


 十数分くらいしか休んでないけど、驚くほど楽になった。これならまた頑張って歩けそうだ。無理せずこまめに休憩を挟みながら進んだ方が結果的に効率がいいのかも。


 そう考えると、トンモロ村からシアの城下町へ向かっていた時のように休み休み進むやり方はきっと正解だったんだ。全くの偶然だけど。


「ミューリエ、僕はもう大丈夫だよ。またしばらく歩けると思う」


「そうか。では、そろそろ出発しよう」


「あ、でもゆっくりでお願いね。急いだらまたすぐに疲れちゃうだろうから」


「ふふっ、承知した」


 そんなやり取りをして僕たちは立ち上がる。


 そして試練の洞窟へ向けての歩みを再開させようとしたまさにその時――っ!


「きゃああああああああぁーッ!」


 不意にどこからか女性の悲鳴が響いてくる。


 位置は僕たちの進む道の先で、距離は結構近い。しかもかなり差し迫った危機に瀕している感じがする。


 状況は分からないけど、何かアクシデントがあったであろうことは自明の理だ。


「ミューリエ、行ってみよう!」


「うむっ!」


 僕とミューリエは即座に街道の先へ向かって走り出した。


 すると程なく前方に、走って逃げる女の子とそれを追いかける巨大な熊の姿を捉える。



(つづく……)

 

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