第2-9節:新たな仲間

 

 すると不意にミューリエさんは目を細め、続けて口を開く。


「アレス、もし良かったら一緒に旅をしないか? お前は興味深い。それにドラゴンと意思疎通できるなら、ヤツらと出遭った時に戦闘を回避できる。そういう意味で一緒にいるだけで役に立つからな」


 その言葉を聞いて、僕は息を呑んだ。


 僕が役に立つ……? 剣も魔法も使えなくて、力も勇気もないこの僕がっ!? 冗談だよね?


 …………。


 でも役に立つって言ってもらえて、建前とかお世辞であっても嬉しい。それにこれも何かの縁だから、彼女と一緒に旅をするのもいいかもしれない。


 ただ、ドラゴンとの戦闘を避けられたのはたまたまかもしれないし、そうじゃなかったとしても原因が分からない。そんな状態のまま、旅に同行させてもらうのは気が退ける。


 そもそも彼女は僕が魔王討伐の旅をしているということを知らない。勇者の末裔まつえいということも話していない。巻き込んじゃっていいとは思えない。




 ――うん、やっぱりこのままじゃダメだ。とはいえ、彼女の想いも無下にしたくないから遠回しに断ろう。


 僕は彼女を傷付けてしまわないか、内心ビクビクしながら恐る恐る切り出す。


「ミューリエさんの申し出は嬉しいです。でも僕は剣も魔法も使えないし、力も勇気もない。ドラゴンとの戦闘を避けられたのも、たまたまかもしれない。それに僕は魔王討伐の旅をしている途中なんです。巻き込むわけには――」


「問題ない。私はアレスと旅がしてみたい。それだけだ。それに今のご時世、冒険者なのだから魔王討伐の目的があったとしても何の不思議もない。最後まで付き合ってやる! 私はそれなりに役に立つぞ?」


 ミューリエさんはこちらの想像の斜め上を行く返答をした。


 屈託なく微笑み、僕の懸念なんか全く気に留めていない。むしろ一緒に旅をすることによって、大船に乗った気でいろとでも言わんばかりのような感じさえする。


 …………。


 頼りがいがあるのは確かだけど、本当にこのままミューリエさんを巻き込んでしまってもいいのかなぁ。だって僕たちは出会ったばかりで、お互いの素性もよく知らないのに……。


 でも傭兵たちともそれに近い状態で一緒に旅をしてたんだから、今さらという感じでもある。


 そんな感じで僕が思い悩んでいると、ミューリエさんはピンと来たような顔をしてポンと手を叩く。


「アレスよ、もしかして年頃の女とふたりっきりで旅をするのが照れくさいのか?」


「――えっ? あっ!」


 ミューリエさんに指摘されて、僕は初めてそのことを意識した。


 そ、そうだよねっ、確かにその問題もあるっ!


 だって宿の部屋も食事もずっと一緒だろうし、あぁでもそれは別々にすれば、いや、それだとおカネが余計にかかるというか――。


 うわぁっ、頭の中がグャグチャだぁあああああぁーっ!


 あわわわっ、心臓の鼓動も急に速くなってきたっ!


 お風呂で長湯をした時みたいに顔が熱い。手のひらは汗でびっしょりだ。


「あのあのっ、えっと……えっと……」


「はっはっは、安心しろ。変な気を起こしたら、問答無用であの世へ送ってやるのでな。それを理解していれば、おのずとアレスの自制心も働くであろう?」


「いぃっ!?」


 ミューリエさんはにこやかな表情をしていたけど、瞳の奥は氷のように冷たかった。


 それに気付いた瞬間、背筋が凍ったような錯覚を覚えて血の気が退いていく。しかも全身に鳥肌が立ったまま、なかなか消えない。


 今の彼女の言葉、間違いなく本気だ……。


 もちろん、僕がそんなよこしまな気持ちを持つことはないけど、事故とか誤解とかは起こりうる。その時にはどうすればいいんだっ!? 弁明を信じてもらえるだろうか? 不安は尽きない。


「あのっ、ぼ、僕は決してっ――」


「冗談だっ♪ そもそも変な気を起こそうとする根性がアレスにあるとは思えんしな」


「えっ?」


 僕はキョトンとしながらミューリエさんと顔を見合わせた。そして目が合った途端、僕たちは自然と大笑いをする。


 あぁ、こんなに楽しく笑ったのはいつ以来だろう?


 村にいる時はみんなに遠慮してたというか、勇者の末裔まつえいだから浮かれちゃいけないみたいなプレッシャーを常に感じていて久しく笑っていない。だからこそ、素直に笑えるというのは、素晴らしくて幸せなことなんだってあらためて思う。


 ――うん、僕の心は決まった! もう迷わない!


「ミューリエさん、僕と一緒に旅をしてもらえますか?」


「もちろんだ。私は最初からそのつもりだと言っておるだろう? そしてアレスを通じてこの世界を見させてもらう。それから――」


「ぅん?」


「さん付けも敬語も不要だ! ミューリエで構わん!」


「分かったよ、ミューリエ! これからよろしくっ!」


 僕はミューリエと握手を交わした。なけなしの力を込めてその手をしっかり握り、真っ直ぐ瞳を見つめる。


 今までずっと不安だらけの旅だったけど、ちょっぴり光が差したような気がした。



(つづく……)

 

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