第2-8節:竜水晶とドラゴン

 

 確かにミューリエさんならチンピラたちを簡単に倒せただろうし、むしろ僕だけじゃ彼らの返り討ちに遭っていただろうな。


 ……ま、まぁ、結果的に不必要な殺生は避けられたんだし、良しとしておこう。


「ところで、お前に訊きたいことがあるのだが、出身はどこだ?」


「ここから何日か歩いた先にあるトンモロ村ですけど」


「ふむ……。先祖の代からずっとそこで暮らしてきたのか?」


「あ……えっと……おそらくは……」


 ほぼ間違いないとは思うけど、ここは曖昧に答えておくことにした。


 だってもしハッキリと言い切ったら、なぜそれが分かるのかと問い詰められそうだから。結果、僕は勇者の末裔まつえいであると明かさなければならなくなる可能性もある。


 僕は自分のご先祖様が勇者だとはなるべく言いたくない。そういう目で見られちゃうのが嫌だし……。


 さっき僕が『冒険者見習い』と答えたのも同じ理由。僕は勇者の末裔まつえいである前に、あくまでも『僕』という普通のひとりの人間だ。色眼鏡で見てほしくないし、そもそも剣も魔法も使えなくてヘタレな僕が勇者を名乗るのはおこがましいとも思う。




 …………。


 ……いつかは自信を持ってみんなに『僕は勇者だ』と、言える日って来るのかな?


「なるほど……。アレスよ、もうひとつ訊いていいか?」


「はい、どうぞ」


「竜水晶はどこで手に入れた?」


「っ!?」


 驚いた僕は思わず大きく息を呑んだ。


 なぜミューリエさんはそのことを知っているんだろうっ!? まさか意識を失っている間に僕から奪ったのかっ? 彼女は物盗りだったのかっ!


 僕は慌てて懐を探った。するとやはり竜水晶はどこにも――って、あれ? ちゃんとあるみたい。


 直後、ミューリエさんはそんな僕の様子を見てクスッと微笑む。


「安心しろ。お前をここへ運ぶ途中、服の隙間から転がり落ちてきたのでな。別に盗みを働こうとしたわけではない。ただ、竜水晶は余程のことがない限り手に入らぬ代物だから、どうしても気になってしまってな」


「そうでしたか。実はこれは――」


 僕はブレイブ峠を越えてきたことや、ドラゴンと出会った時のことを大まかに話した。


 もちろん、傭兵たちのことについては何も触れていない。ミューリエさんには関係のないことだから……。


 その後、話を聞き終わったミューリエさんは静かに目をつむって小さく息をつく。


「しかし驚いたな……。アレスが出会ったのは気性が荒いことで知られている『ブラックドラゴン』だ。遭遇したら確実に戦闘となって、熟練の冒険者であっても生きて帰れるか微妙なところだ」


「でもこちらから攻撃を仕掛けない限り、何もしないって彼は言ってましたよ?」


「ドラゴン族は相手の心を読み、雀の涙ほどの敵意があるだけでも攻撃の意思ありと判断する。それが表には出ない無意識のものであってもな。そして人間は心が汚れているがゆえに、そうした想いを持ってしまっているもの」


「つまり人間であれば、間違いなく攻撃対象になるということですか?」


「そういうことだ。だからアレスが攻撃されず、しかも竜水晶まで受け取ったということに驚いたのだ。例外というか、何かがあるのだろうな」


 そうだったのか……。


 僕がドラゴンと出会っても生き残れたのは、きっと単に運が良かっただけじゃなかったんだ。そう考えると、道具屋のお爺さんの言葉は正しかったのかもしれない。


 でもどうしてドラゴンは僕から敵意を感じなかったんだろう? 勇者の末裔まつえいといっても人間には違いないんだし、自分の意識を制御する能力も何かをした覚えもない。


 もっとも、考えたところで今の僕に真実が分かるはずもないけど……。


「ところでアレスよ、ひとりで旅をしているのか?」


「っ!」


 僕はミューリエのその言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく脈動した。自然と呼吸が速まって全身の毛が逆立った。動揺が隠せない。


 なんて答えたらいいんだろう? 途中までは傭兵たちと一緒だったわけだし、そういう意味ではひとりというわけではない。現状ということなら、確かにひとりには違いないけど……。



(つづく……)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る