第2-7節:トラブルの結末

 

 確かに彼らは最低のヒドイ連中だけど、命まで奪うことはない。さすがにそれはやり過ぎだ。


 それに戦意喪失している人を殺すなんて、そんなこと僕は認めない。不必要な戦いで誰かが傷付くのを見たくないッ!


「やめろぉおおおおおおぉーっ!」


 僕は無我夢中で叫んでいた。


 心の奥底からぶつける、強い感情。喉が潰れそうになるくらいの大声。魂まで抜け出ちゃうんじゃないかと錯覚するほど、全身全霊で想いを放つ。



 すると次の瞬間――



 渦巻いていた漆黒の炎は瞬く間に消え、女の子の手は麻痺したかのように小さく震えていた。さらに彼女は目を丸くしたまま、右手を伸ばしたままのポーズで固まっている。


 もっとも、時間が凍り付いたみたいに完全に動きが止まっているわけじゃないから、緩い金縛りに遭っているようなイメージかな……。


「ヒィイイイイイィーッ!」


「わぁああああぁーっ!」


 この隙をつき、チンピラたちは泣きわめきながら一目散に逃げていった。


 足を引きずりつつだから亀のようなスピードだったけど、決してこちらを振り返ることはない。這々ほうほうていってやつだ。


 ま、きっと彼らはこれに懲りて、悪さをするのを少しは自粛してくれるだろう。もちろん、真人間に生まれ変わってくれるのがベストだけど、三つ子の魂百までって言うしそれは高望みかな?


 いずれにしても彼らの命が奪われずに済んで良かった。こうしてその場には僕と女の子だけが取り残される。


「あ……れ……っ……?」


 安心した途端、僕は目の前が霞んで世界がグルグルと回った。全身から力が抜け、踏ん張ることも出来ずに前へと倒れ込む。


 てはは……地面とハグしちゃった……。ダメだ、指先すらピクリとも動かせない……。


 ……世界が……だんだん暗くなって……。





「あ……れ……?」


 意識を取り戻した僕はベッドに寝かされていた。ふかふかで暖かい掛け布団に包まれていて、まるで雲の中にでも寝転がっている感じ。お日様の匂いがして感触も心地良い。


 そういえば、こうしてベッドで横になるのは久しぶりだなぁ。


「――ようやく目が覚めたようだな」


「っ!? あなたは……あの時の女の子……」


 上半身を起き上がらせて横を向くと、そこには路地で出会った女の子がいた。


 彼女は椅子に座り、愁眉しゅうびを開いてこちらを見ている。その瞳は凜としているけど、なんだか優しさを感じる。それはチンピラたちに向けていたような敵意に満ちたものでも、初めて見た時の涼しげなものとも違う。


「私の名はミューリエ。旅をしている魔術師だ。剣も少しは使うがな」


「僕はアレスといいます。えと、その、僕は冒険者見習いといった感じです」


「そうか。で、お前はここがどこか、どうしてベッドに寝かされているのか知りたいだろう?」


「あ……はい……」


 ミューリエさんは僕が知りたいと思っていることをズバリと言い当てた。


 さすが魔術師、何かの魔法で僕の考えていることが分かって――というか、状況を考えればそれくらいは誰でも察しがつくか……。


「ここは私が泊まっている宿の部屋だ。お前は私の目の前で急に倒れて意識を失ったからな。見て見ぬ振りをするのも気が退けたので、運んできて寝かせてやった。なぜ意識を失ったのかは、私にも分からん」


「そうだったんですか……」


 本当に僕はあの時、どうしちゃったんだろう?


 チンピラたちに蹴られた影響が出たのか、ホッとしたことによって張り詰めていた緊張の糸が切れたからなのか、旅の疲れが不意に押し寄せたのか……。


 いずれにしても、ミューリエさんに介抱してもらったのは間違いないから御礼を言わなきゃ。


「あの……ミューリエさん、介抱していただいてありがとうございました!」


「気にするな。クズどもから私を助けようとしてくれた義にむくいたまでだ。もっとも、あの程度のザコ相手に助けは必要なかったが」


「う……」


 その通りだから何も言えない。彼女の言葉が心に突き刺さる。



(つづく……)

 

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