第1-6節:失望と諦め
するとそんな僕の考えていることを察したかのように、ジフテルが鼻で笑いながら冷めた瞳で見下ろしてくる。
「アレス様、私たちはキミのようなガキのお守りをする気なんて、最初からなかったんですよ。トンモロ村の村長から依頼金を受け取り、ひとけのない場所でキミを殺して身ぐるみを剥ぐ。それが真の目的です」
「ぐ……う……」
「抵抗していただいても結構ですよ? 少しは手間が省けますので」
「手間……?」
言っている意味が分からない。『手間』って何のことだ?
僕が眉をひそめると、ジフテルは小さなため息を
「偽装をする手間に決まってるじゃないですか。勇者はモンスターに襲われて名誉の戦死。そういう筋書きだってことですよ。抵抗してくれれば、キミの体にリアルさのある傷が残りますから」
「な……」
思わず僕は言葉を失った。ジフテルがそこまで底意地の悪い性格だったなんて。
もはや疑いようがない。この人たちはおカネだけが目当てで、僕と旅をする気なんて微塵もなかったんだ。
――とはいえ、今さら何もかもが遅い。
この場所でどれだけ叫んでも助けが来る可能性はほぼ皆無。そして僕は剣も魔法も使えないのに、相手は百戦錬磨の傭兵が3人という状況に立たされている。絶体絶命のピンチというか、勝ち筋なんて全く見えない。
逃げようにも今の僕は疲れ果てているから、それも無理だろう。そもそも例え元気な状態でも、僕の脚力じゃ逃げ切れないかもしれないけど。
そうなると選択肢はかなり限られる。どうすべきか……。
最後の力を振り絞って抵抗するか? それとも素直におカネを差し出して命乞いするか? どちらの選択をするにしても、最終的には僕が命を落とすという結果に帰結するような気もするけど……。
…………。
……いや、考えるだけ無駄か。戦う力のない僕にはどうすることも出来ない。抵抗したところで運命を切り拓けるとも思えない。もはや僕の未来にはバッドエンドしかない。
ゆえに全てを諦めた僕は彼らの言うことを素直に聞き入れ、路銀の入った袋を懐から取り出して大人しくジフテルに差し出す。
すると彼は感嘆と怪訝が混じったような複雑な声を漏らす。
「ほぉ、やけに素直ですね……」
「抵抗するなんて無意味なことですから。あとは僕を殺して終わりですね」
「命乞いはしないのですか?」
「それで助けてもらえるならしますけど、無理ですよね。僕の口封じをしないとあなたたちの身が危険になりますもんね。もう余計なことはしたくないんですよ。疲れました。無様な姿をさらすのも真っ平です。だから早く僕を殺してください」
半ばヤケになって言い放つと、僕は覚悟を決めて静かに目を閉じた。そのまま棒立ちになって『その瞬間』をひたすらに待つ。
…………。
でも……これで……良かったのかもしれない。勇者というプレッシャーから解放されて、楽になれるんだから。
それに僕はモンスターに襲われて名誉の戦死と世の中に伝えられるらしいから、少しは格好がつくだろうし。ヘタレで何の力もない僕にしては充分すぎる結果だ。願ったり叶ったりじゃないか。
あぁ、あの世って……どんなところなのかな……?
…………。
あれ……おかしいな……。なんでこんなに……悲しい気持ちなんだろう……。楽になれるんだから……嬉しいはずじゃないか……。
なのに涙が勝手に……うぅ……っ……ぅ……。
「やれやれ……。これが勇者の末裔とは情けない。興ざめです」
「あぁ、そうだな。泣き叫ぶなり抵抗するなり、何らかの反応をしてくれないと面白くないよな。もうこんなガキ、放っておこうぜ」
「ですね。私の剣のサビにするのもおこがましいですし」
「では、捨て置くことにしましょう。きっとモンスターどもがこのガキを食らってくれるはず。ここはそういう場所です。生き延びられるとも思えない。私も魔法力を無駄にせずに済んで一石二鳥というものです」
そんな傭兵たちの会話が聞こえてきたあと、足音や武具の擦れる音が次第に遠ざかっていった。
感じるのは穏やかな風の息吹と鳥たちの歌声、木々の囁き、土の匂い――。
やがて彼らの気配は完全に消失し、目を開けた時には僕がひとりその場に取り残されていたのだった。
「…………」
全てを諦めたはずだったのに……図らずも命が助かってしまった……。
不思議なものだ。世の中、何がどう転ぶか分からない。まぁ、命が助かったのは一時的なものに過ぎないかもだけど。
だってジフテルが話していたように、僕は強力なモンスターがウヨウヨしている山道に放置されたのだから。戦う力のない僕は襲われて食べられてしまう可能性が極めて高い。
例えモンスターに襲われなかったとしても、まだ問題がある。それはシアの城下町に辿り着けるかどうかということ。果たして水も食料もない今の状態で徒覇できるだろうか?
ジフテルの話から察するに、シアまであと3日くらいはかかる。もちろん、距離的にはトンモロ村の方が多少は近いんだろうけど、今さら戻れるわけがない。だってあんなに盛大に送り出されて、どの面下げてみんなに会えっていうんだ?
あぁ……これからどうなるんだろう……。
僕は近くの岩に腰掛け、途方に暮れる。
見上げれば雲ひとつない青空。もし翼があればあの空を飛んで、どこへでも自由に素速く移動できるのに。
…………。
……え?
僕は思わず目を疑った。手で目を擦って二度見した。でもどうやら見間違いじゃないらしい! なんと空を旋回していた小さな黒い影がこちらへ向かって降りてくるっ!!
最初は鳥かと思ったんだけど、そんな小さな動物じゃない。近付くにつれどんどん大きく見えるようになってきて、最終的には家くらいの大きさがあるのだと分かる。
漆黒の体に漆黒の巨大な翼。皮膚には光沢のあるウロコがびっしりと連なっている。そして何もかも切り裂くような鋭い爪と牙が、その黒い巨体の中で浮かび上がるように白く輝いて見える。
「も、ももも、もしかしてっ、ド、ドラゴンッ!?」
一難去ってまた一難――というか、最悪の展開だ。よりにもよってモンスターの中でも最強クラスのドラゴンといきなり遭遇してしまうなんて!
命が助かったと思ったのも束の間、やっぱり僕はここで死ぬ運命だったんだ。
(つづく……)
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