第1-4節:出発の時が来て

 

「私は魔術師のジフテルと申します。パーティの参謀を務めさせていただきます。アレス様、どうかご安心ください。全力でサポートし、お守りいたしますゆえ」


 優雅で上品に頭を下げたのは、魔術師のジフテルさん。年齢は18歳。宮廷魔術師の家系で、魔法に限らず幅広い知識があるとのこと。戦闘経験も豊富で、頼れる実質的リーダーといった感じか。


 彼はサラサラとした灰色の髪に切れ長の目、色白の肌をしていて美形だ。それでいて穏やかで優しいのだから、きっと女性にはモテるだろうな。


「ジフテルさんはどんな魔法が使えるんですか?」


「攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、補助魔法――。得意・不得意はありますが、大抵の系統の魔法は使えますよ。ミリーとネネは脳筋ですから、パーティの中で唯一の魔法の使い手としてはオールマイティーでなければ困るでしょう?」


「っ……!?」


 その直後、僕はどこからか殺気のようなものが膨れ上がるのを感じて、背筋に冷たいものが走った。周囲を見回してみると、その原因がすぐに判明する。


「あ、あのぉ……ミリーさんとネネさんが額に青筋を立ててジフテルさんを睨んでますけど……」


「ふふ、脳筋と言われたからでしょう。事実を述べただけなんですけどね。放っておいて問題ありません」


 ふたりの視線などどこ吹く風で、爽やかに微笑むジフテルさん。


 ほ、本当に問題ない……のかなぁ……。


「ところで、アレス様は魔法が使えるのですか?」


「あ……えっと……分かりません。魔法の勉強や鍛練をしたことがないので。ただ、現時点で使えないのは間違いないです。そもそも魔法どころか、剣も扱えなくて……」


「……そうですか。でも旅をしているうちになんとかなりますよ、きっと」


 一瞬、沈黙したジフテルさんだったけど即座に満面の笑みを浮かべて僕を見た。


 きっと内心、呆れ果てているんだろうな。でも僕を気遣って励まそうとしてくれたに違いない。心がまた苦しくなってきちゃった……。


「それにしても、こうして実際にお話をさせていただいた印象から察するに、アレス様は人見知りをするタイプのようですね。まぁ、出会ったばかりということもあるでしょうけど」


「てはは……。あまり外部の人と接する機会がなかったもので、慣れていなくて。この村も山奥にある関係で、行き来する人も限定的ですし。取っつきにくくて、すみません」


「いえいえ、お気になさらずに。ただ、旅立ちは明日だというのに、旅の服を着て私たちの前にいらっしゃるとは気合いが入っているようでなによりです。参謀役の私としては安心ですよ」


「あっ! こっ、これはそういうんじゃなくてっ! えとえと……その……」


 僕の格好を見たジフテルさんは村長様と同様に誤解しているようだった。彼はクスッと笑い、ミリーさんとネネさんは僕に温かな目を向けている。


 まるで本当のお兄さんやお姉さんが僕を見守ってくれているかのような感じがする。なんだか心が柔らかな羽毛に包まれているみたいで温かい。


 一方、実は逃げだそうとしていたなんて真実を言えるわけもなく、うまい誤魔化しも思いつかないので口ごもってしまう。せめて頭の回転がもう少し早ければ、何か別の反応も出来ただろうに。ホント、自分は何もかもがダメだなぁ……。




 その後、僕たちはお茶を飲みながら雑談をして過ごした。


 3人とも冗談を交えながら僕に明るく優しく接してくれて、いつの間にかすっかり緊張は解けている。普通に言葉も出て来るようになっている。


 もちろん、まだまだぎこちないけど、それは仕方ないよね……。





 翌日の朝になった。いよいよ僕は勇者として村から旅立つことになる。


 でも未だに心の中は不安で憂鬱ゆううつで、心臓が締め付けられるように痛い。吐き気も目まいもしてきて、今にも倒れそうだ。


 僕は戦いなんて出来ないのに……戦いたくないのに……。


 ううん、戦いのことだけじゃない。傭兵の3人との関係だってそうだ。当然だけど、未だに単なる知り合い程度のレベル。少し会話をしただけで、まだ完全に打ち解けたわけじゃない。


 それと未来に待っている運命も、自分の無力さを自覚することも、困難にぶつかることも、とにかく何もかもが怖い。


 怖い……怖いんだよ……怖くて仕方ないんだ……。


「我らの希望、勇者アレスの旅立ちだー!」


「アレス、万歳! 勇者ばんざーい!」


「アレスお兄ちゃん、がんばってね。ぜったいにまおうをたおしてねー!!」


 今、目の前の広場には僕たちの旅立ちを見送りに、村人全員が集まっている。その視線は一様に希望と期待に満ちて、水面に反射した太陽の光のように輝いている。


 一方、僕はみんなからのプレッシャーに押し潰されそうだ。



 なんでなの……? なんで僕に期待するの……っ……?



 僕は剣も魔法も使えなくて、力も弱くて、ヘタレだって、みんなは知ってるはずじゃないか。


 この小さな村で全員が家族みたいに暮らしてきてるんだから、そのことを知らないはずがない。全員が魔法か何かで記憶を操作されてでもいない限り。あるいは僕が幻術にでもかかっているとか?


 でもそんな痕跡は感じられないから、やっぱりこれは現実なのだろう。


 うっぷ……また気分が悪くなって吐き気が……。


 僕が青い顔をして必死に苦しみに耐えていると、ふとジフテルさんが優しく僕の肩に手を載せてくる。


「――大丈夫ですよ、アレス様。そんなに緊張なさらなくても」


「そうそう! 大船に乗った気でいなよ、アレス様♪」


「勇者様、何も心配はいりません。私もネネもジフテルも、全力であなたをサポートします」


「ネネさん、ミリーさんも……ッ……うくっ……うぅ……」


 傍らで穏やかに微笑んでいる3人。彼らの言葉が僕の心に勇気を与えてくれる。温かさが染みこんでくる。嬉しくて思わず涙が零れそうだ。


 でもだからこそ、今はせめて涙を我慢しなきゃ。泣き虫の勇者なんてカッコ悪いもん。




 …………。


 ……なのに……勝手に……涙が滲んで……。



 僕は奥歯を噛みしめ、袖を使って無我夢中で目や頬を拭った。それを見るや否や、ジフテルさんはキリッとした表情で村長様の方へ向き直る。


「では、村長様。そろそろ私たちは出発いたします」


「頼みましたぞ、ジフテル殿。ミリー殿もネネ殿も」


 村長様の真剣な眼差しに、ミリーさんとネネさんも凜とした顔で大きく頷く。


 こうして僕は魔王を討伐するため、傭兵たちとともに故郷のトンモロ村を旅立ったのだった。



(つづく……)

 

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