第1-2節:避けられない運命
「っ! そうだ、今のうちに村の外へ逃げてしまおう!」
もはや僕に残された道はそれしかない。このまま旅に出されるより何倍もマシだ。
以前、薬草を採りに近くの森へ行った時に見つけた洞穴があるから、ほとぼりが冷めるまでそこで暮らせばいい。
あそこなら食べられる実や草が周囲にたくさんあるし、湧き水の場所だって分かっている。誰かが探しに来ても隠れてしまえば、そう簡単には見つからないはず。
それにもし森での生活に限界が来たら、深夜にこっそり村へ戻って物資を調達するなり自宅で少し休むなりすればいいんだ。
「――よしっ、決まりだ」
こうして僕は村から逃げる決意をすると、日暮れを待つことにした。さすがに明るいうちは逃げようにも目立ってしまうから。いずれにしても村を脱出するタイミングを逃さないよう、旅の服装に着替えて荷物もまとめておこう。
早速、僕は壁に掛けられている『旅の服』へ手を伸ばす。これは今回の旅立ちに備えて村長様が用意してくれたもので、動きやすさと丈夫さを兼ね備えた生地で出来ている。
「あ……」
実際にその服に袖を通してみると、手触りが良くて通気性も抜群。村で僕たちが着ている服とは明らかに違う。やっぱりそれなりに高価な品物なのだと思う。
さらにその横に置いてある剣や靴へ目を移してみると、どちらも傷ひとつない輝きを放っている。そして荷物を入れておく革袋の中には回復薬の入った瓶が数本のほか、身の回りで使う道具が一通り揃っている。
…………。
これらを用意してくれた村長様は、いったいどれくらいのおカネを使ったのだろう?
ううん、村長様だけじゃない。村のみんなも僕のために少しずつ出し合ってくれたに違いない。自給自足が基本で、外貨を稼ぐ術が限られているこの村ではみんながギリギリの生活をしているというのに……。
そんな中、僕は村から逃げる。勇者の
「この荷物は……置いていこう……」
僕にはこれらを使う資格なんてない。重すぎる。物理的にも精神的にも。
あぁ、こんな姿を見たら……ご先祖様はなんて言うのかな……?
でも僕は気が弱くて力もなくて、何の取り柄もない凡人なんだ。勇者の血筋というだけの人間なんだ。こういう性格なんだ。仕方ないじゃないか。
せめて何かひとつでも僕に強い能力があれば……。
「アレス! 起きておるかーっ?」
その時、家の外から村長様の叫び声が響いた。
80歳を超えるというのに芯があって力強い声。それは数年前からずっと同じで、衰えを全く感じさせない。実は勇者の血筋なのは村長様なんじゃないかというくらいに活き活きとしている。
僕は頬に残っていた涙を手の甲で慌てて拭い、無理矢理に笑顔を作ってドアを開ける。
「こ、こんにちは……村長様……。ど、どうしたのですか?」
「ほぉ……」
村長様はなぜかキョトンとしながら佇み、僕を見やっている。いつも顔を合わせているのに、その反応はどうしたというのだろう?
もしかして涙の跡がまだ頬から消えていなかったかな……。
「アレスよ、その格好――」
「格好? ……あっ!」
村長様の指摘を受け、僕はようやく旅の服を着たまま応対に出ていたことに気が付いた。途端に顔が焚き火のように熱くなって、穴があったら入りたい気持ちになってくる。
だってこれじゃ幼い子どもみたいに、旅立ちを待ちきれずに着替えてしまったみたいに見えちゃうから。そんな気なんて、つゆほどもないというのに。
でも村長様は完全に誤解しているみたいで、むしろ満足げに頷いている。
「よく似合っておるぞ。旅立ちは明日だというのに、気合いが入っておるな。うむ、結構結構! はっはっは!」
「い、いえっ! 僕にそんな気はっ!」
「やはり本能的に勇者の血が騒ぐのかの?」
「ですからっ、これはそういうんじゃなくて……ッ!」
「そんなことより、これから私の家に来なさい。アレスとともに旅をする傭兵たちが先ほど村に到着して、私の家におるのだ。顔合わせをしよう。せっかくだ、そのままの格好でいい。さぁ、早く!」
「あっ、ちょっ!? 村長様ぁっ!」
僕は強引に腕を引っ張られ、そのまま村長様の家へ連れ出されることになってしまった。
踏ん張って抵抗してみても靴底は滑り続け、
ホントこれだけの腕力があるなら、村長様が僕の代わりに魔王討伐の旅に出てほしい。きっと僕なんかより世の中の役に立つと思う。
何の能力もない僕なんかより……よっぽど……。
(つづく……)
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