ヘタレ勇者と勇気の欠片

みすたぁ・ゆー

第1片:勇者の胎動

第1幕:旅立ち

第1-1節:無力な少年

 

 僕は勇者になんか、なりたくなかった。


 なりたく……なかったんだ……。





 今、世界は大混乱に陥っている。なぜなら、魔王が復活したから――。


 そしてその影響により、魔族や魔物たちが力を増大させ、各地で暴れている。


 人間は必死に抵抗しているけど、その圧倒的な力の前に大苦戦。そんな時、白羽の矢が立ったのが14歳になったばかりの僕だった。


 というのも、今から300年くらい前、世界は同じような状況に陥った。その際に魔王を倒して世界の危機を救った勇者こそ、僕のご先祖様なのだ。


 だけど――


 僕はご先祖様じゃないし、戦いだって嫌いだ。そもそも剣も魔法も満足に使えないし、知識に長けているわけでもない。井戸の水を汲むのでさえ息切れするくらいに体力が乏しいのに、モンスターなんかと戦えるわけがない。おそらく村で暮らす農家のお姉さんたちの方が強いと思う。


 それなのに『勇者の血を受け継いでいる』というただそれだけの理由で、僕は否応なしに勇者にさせられてしまったんだ……。





 明日の朝、僕は生まれ育ったこの山奥の村『トンモロ村』から勇者として旅立つことになっている。部屋の片隅には村長様が用意してくれた真新しい旅の装備一式が置いてあり、それを見るたびにため息が漏れてしまう。


「…………。うぅ……何もかもが怖い……」


 なんでこんなことになっちゃったんだろう。つい数週間前まで、僕は死ぬまでずっとこの村で平穏に暮らすものだと信じて疑わなかったのに……。


 明日からの生活を想像しただけで自然と体が震える。



 ちなみにここは険しい山脈の狭間はざまにあるわずかな平地を開墾かいこんして作られた村で、ほかの村や町との交流はあまりない。たまに交易商人さんが訪れたり、物資の売り買いで村のおじさんたちが近くの町へ出かけたりするくらいだろうか。


 だから当然、僕は村を出たことなんてない。せいぜい近くの森へ薬草を採りに行く程度だ。そして外の知識は古ぼけた本や村のみんなから聞きかじって得たものしかない。


 それなのにいきなり世界を救う旅へ出なければならないなんて……。


 一応、今日の夕方までには村長様がおカネで雇った傭兵たちが村に到着する予定になっていて、当面は彼らが僕の旅のサポートをしてくれるらしい。


 でもそれだって僕にとってはストレスだ。見知らぬ人たちと寝食をともにしなければならないんだから。うまくやっていける自信どころか不安しかない。


「あぁ、魔王が階段で足を滑らせて転落死するとか毒キノコを間違って食べて中毒死するとか、不慮の事故で亡くなってくれたらなぁ……」


 思わず願望が口をついて出る。




 …………。


 うん、そんなことが起きるわけがないのは分かってる。世の中、そんなに都合良く出来ていない。むなしさだけが胸の中に広がっていく。


 だったらいっそ僕自身がなけなしの勇気を振り絞って、この運命を回避するように行動してみるか?


 残された時間はあと半日しかないんだし、決断するなら今しかない。雀の涙ほどしかない僕の勇気を振り絞って、未来を切り拓くんだッ!


「でも……」


 それが出来たらどれだけ楽なことか。


 想うだけなら誰にでも出来るし、簡単だ。それを実行に移すのが困難で険しくていばらの道なんだ。


 そもそも僕には勇気の欠片さえないのかもしれない。だって勇気があればもう少しマシな状況になっていたはずだし、こんなウジウジ考えることだってなかっただろうから。


 こうして追い詰められて、いざ何かをしなきゃって頭では分かっているのに何も出来ない。決断することが出来ない。ホントに僕はヘタレだ……。


 確かにご先祖様は勇気をもって魔王を倒し、世界を平和に導いた。それなのに僕には肝心のその勇気がない。勇者の末裔まつえいなんて何かの間違いなんじゃないかとさえ思う。


 明日、旅に出たとしても僕に何が出来るっていうんだ……?


 何も出来ないどころか、一緒に旅をしてくれるという傭兵たちの足手まといにしかならないに違いないよ、きっと。


「……ぁ……」


 気付くと僕の瞳から涙がこぼれ落ちていた。唇が小刻みに震えていた。全然止まらない。


 それどころか次第にそれらは大きくなっていって、ついにはしゃくり上げてくる。



 嫌……だよ……旅になんて……出たくないよ……っ……。


 なんで……こんな運命……神様は……僕に……。



(つづく……)

 

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