恋するチキンのディアボラ風 〜魔法のスパイス香り立たせて〜
雨蕗空何(あまぶき・くうか)
恋するチキンのディアボラ風 〜魔法のスパイス香り立たせて〜
結局のところ、私はいまだに、子供扱いされているということだろうか。
「……ディアボラってねー、イタリア語で『悪魔』って意味でさー。諸説あるけど、スパイスを効かせたピリッとした味わいが悪魔っぽいから、らしいよー」
いつものように、本当にいつものように、
チキンの焼ける音と香りが刺激的。香り立つスパイスもいっそ胃袋に毒だ。
「スパイスもね、僕が自分でブレンドしてみたんだよー。
食欲をそそる魔法のスパイスー、
へらへら笑う。
分かっているのだろうか。ここは実家ではなく翔馬さんの一人暮らしのアパートで、今日は初めて私を――彼女を家に連れ込んで二人きりというシチュエーションなんだってことに。
いやまあ、彼女になる前に家族と一緒に来たことはあるけれど。
翔馬さんと私は五歳差で、お隣さんで、昔から知っている。
私は昔から、それこそ小学生のころから、この人に恋をしていて、紆余曲折あって、本当に紆余曲折あって、翔馬さんが社会人になって私が大学生になってというこの年齢になって、ようやく恋人という関係性になった。
なったのだけれど、翔馬さんの私の扱いは、付き合う前となんら変わってない気がする。妹のような存在。
私が悪いのか。小さいころから好きな人がいっさい変わらない、私の精神性が成長していないのか。これでも子供のころは大人っぽいと言われていたのに。
「はーい、できたよー。チキンのディアボラ風でーす。
レモン汁があっても合うと思うけど、今日はなしでもいいかなーって」
考えている間に、テーブルの上に料理が並べられた。
パリパリに焼かれたチキン。赤と緑が散りばめられた衣が鮮やか。表面がとげとげしいのは、パン粉のシルエットか。
そして、香りがすごい。口から胃袋が引きずり出されて、直接肉をわしづかみさせられそうだ。
「うふふ、特製のスパイスだからねー。食欲がそそられすぎて、お皿まで食べたくなっちゃうと思うよー」
「なりませんよ」
そう返しつつ、本気でそのくらいおいしそうに感じる。よだれが垂れそう。
「……いただきます」
ぶざまな姿を見せる前に、ナイフとフォークを突き刺して、食べる。
ザクザクとしたパン粉。パリパリの皮。その下でほぐれる鶏肉はジューシー。
そして、突き抜けるスパイスの刺激。トウガラシとパセリの風味が、舌に鼻に殴りかかるように広がる。
イメージに反して、ニンニクは感じない。けれど強い旨味を感じる、それに酸味。これは。
「ドライトマトをね、砕いてスパイスに混ぜたんだ」
翔馬さんの声が思ったより近くて、びくりとした。
「ディアボラ風ってことでね。悪魔の実って呼ばれてたトマトを合わせてみたんだ。
知ってる? どうして悪魔の実なのか。トマトってね、媚薬と思われていたんだよ。トウガラシもね」
思わず口の中の肉を丸呑みした。心臓が跳ねる。
翔馬さん、なんて言った? 媚薬? それを、私に食べさせた?
いや媚薬なんて、単に体温を上げたり脈拍を早めたりして勘違いさせる程度のものだって聞くけれど。
というか翔馬さん、テーブルの向かいじゃなくてすぐ真横にイスを持ってきて、これ、いつもの距離感じゃない。妹扱いする距離感じゃ。
「オトナな刺激の魔法のスパイスで、奥手な乙女のチキンハートをワイルドに包み込んでみましたー」
「誰がチキンハートですかっ」
怒鳴ってみたけれど、心臓は暴れてるし顔も完全にほてってる。
ああくそ、このせいか。さんざん恋人の距離感を望んでたくせに、いざそれが目の前に来るととたんに
私が視線を向けた先で、翔馬さんは優しく、むしろ小悪魔的に、微笑んでみせた。
「もしデザートを希望しないなら、このまま家まで送り届けるけど?」
ブチッと、私のこめかみが鳴った気がした。
私はフォークを引っつかんで、チキンをひと切れ突き刺して、それを翔馬さんの口に突っ込んだ。
びっくりしてもごもごする翔馬さんのくちびるに、スパイスが塗りつけられる。
ほとんどケンカ腰で、私は言ってやった。
「お皿まで食べたくなるスパイスだって言ってましたね。
ええ、食べてやりますよ。全部残さず食べ尽くしてあげますとも」
翔馬さんはもぐもぐとチキンを
「レモン汁は、やっぱり必要なさそうだね」
「やかましいですよ」
ああくそ、レモンって
いらだった気持ちも、そのうえでぶざまに高鳴り続ける心臓も全部ごまかすように、私は翔馬さんの襟元を引っつかんで、ぐいと引き寄せた。
魔法のスパイスにコーティングされたくちびるは、チキンよりもジューシーで、甘かった。
恋するチキンのディアボラ風 〜魔法のスパイス香り立たせて〜 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker
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