走るは逃げる

西順

走るは逃げる

 走る。いや逃げる。何から? なんだろう? 小学生時代はいじめっ子から逃げていた。休み時間になる度に追いかけてくるいじめっ子たちから、必死になって逃げる日々だった。


 中学に上がってもそれは変わらないと思っていたし、実際一学期も四月は逃げ続けていた。変化が起きたのは五月。体育祭以降の事だ。


 自分が通っていた中学の体育祭では、組対抗全員参加のリレーが名物なのだが、そこで自分はアンカー手前の選手に選抜されて走る事になったのだ。


 我が青組の作戦としては、俺が走るまでに他組と差を付けて、俺がのろのろ走って差が縮められても、アンカーの陸上部の先輩がその分をカバーして逃げ切る作戦だった。


 しかし作戦とは往々にして、そう上手くはいかないもので、俺の出番までに差を付ける事が出来ず、俺の出番となり、こちらへ迫ってくる面々を見ていると、青組のランナーのすぐ後ろを、団子になって他の組が追いかけてくるような状態だった。


 そして俺に注がれる視線。俺と横並びでアンカー手前で走るのは、陸上部以外で足が速いと評判の、各運動部の先輩たちで、そんな先輩たちが俺を睨んでいる。怖い。更には青組の応援席からも、お前、この状況で下手な事したら、どうなるか分かっているよな? と視線の圧が凄い。怖い。


「おい! 田野!」


 青組で同じクラスのランナーが俺に呼び掛け、バトンを伸ばしながら走ってくる。その必死の形相も怖い。しかし怖がってばかりもいられないので、俺は助走をつけながらバトンを受け取り、他組よりもほんの少しだけ早く走り出したのだ。


 走る俺。そんな俺を追いかけてくる運動部の怖い先輩たち。俺は逃げた。必死に逃げた。校庭をぐるりと一周逃げ続け、なんとかバトンをアンカーに渡せた時には、俺は力尽きて倒れてしまった程だ。そんな俺を体育祭実行委員がコースの横に片付け、結果として俺たち青組がこのリレーに勝利した。


 が、その日以来だ。運動部から入部の誘いが毎日来るようになったのは。冗談じゃない。偏見だが、運動部なんていじめの温床じゃないか。逃げられない檻に閉じ込められたら、どんな目に遭うか分からない。なので俺は逃げた。朝も休み時間も放課後も、逃げて逃げて逃げ続けた。だと言うのに運動部はしつこく、更には運動部の顧問の教師たちまで俺の勧誘に参加してきたものだから、学校に俺の逃げ場はなくなり、六月から引きこもったら、それに大慌てしたのが中学側だった。


 それまでなんだかんだと学校に通っていた息子が、いきなり部屋に引きこもった事で心配した両親が、教育委員会に直接通報したのだ。これに慌てた校長が、どう言う事かと教師たちを問い詰めれば、やってきた事が公の下にさらされた訳で、それは勧誘に加担した教師陣が、校長に連れられて、我が家に土下座しにくるまでの事態となった。


 しかしあろう事か教師たちはその場でさえ、俺の足が速いだ何だと勧誘してきたので、俺はもうこの学校には通えない。と見切りを付けて、親と相談して、二学期の九月から私立の中学に転校させて貰ったのだ。


 電車で一時間掛かるその中学は、俺には居心地が良く、引きこもっていた事もあり、運動がしたくなっていた俺は、あんなに勧誘から逃げていたのに、結局陸上部に入部した。それは陸上が基本的に個人競技だからだ。それにこの中学は勉強がメインで、部活動は高校に入る為の点数稼ぎ程度の軽いものだったので、いじめられたり、しごかれたりはしないだろうとの打算もあった。


 実際に部活に出る部員は少なく、殆どが幽霊部員で、放課後は塾に直行しているような環境で、俺は一人暗くなるまでグラウンドを走り続けていた。


 そうやって毎日走っているうちに、顧問の先生に、一回くらい大会に出てみるか? と誘われて出た大会で、俺は3000mの大会記録で優勝する事になる。


 その事に両親や顧問が喜んでくれていたのも束の間で、俺はあれよあれよと大会を勝ち上がり、気付けば全国大会に出場していた。負けた。惨敗だった。前の選手を抜けなかったのだ。それ以来、中学では全国大会までは行けても、勝てない男だった。


 高校へはスポーツ推薦で別県の高校に通う事になった。その高校の陸上部の監督が、直々に我が家にスカウトに来たのだ。両親は嫌がったし、俺も嫌がった。俺たちは中学であった事を監督さんに説明して、帰って貰う事にしたのだが、監督さんは諦めなかった。絶対にそんな事はさせないから、一度練習を見に来てくれ。との懇願に負け、両親共々その高校の様子を見に行く事となった。


 その高校は流石はスポーツ推薦の学生が集まる場所であるだけあって、グラウンドが何ヶ所とあり、その一つを陸上部が占有していた。


「よう! 来たのか!」


 陸上部の練習風景を見学していると、陽気に声を掛けられて、そちらを向けば、中学の全国大会で俺の前を走っていた選手、風祭がいた。


「田野が来てくれるなら、陸上部も安泰だな」


「いや、風祭……先輩、俺より速いよね?」


 俺がそう言うと、風祭は大笑いするのだ。


「俺の中学3000mの記録、田野より遅いんだぜ」


 そんな訳ない。なら何で俺は負けたんだ?


「はは。気付いていないみたいだな。田野って、前に人が一人でもいると、抜かなくなるだろ?」


「え?」


 言われてみれば、そうだった気もする。


「予選でそれを知っていたから勝てたんだよ。多分、監督はそこら辺の改善とかも考えて、田野をスカウトしようとしているんだと思う。田野をこのまま埋もれさせておくのは、勿体無いと思ったんだろう。あの人そう言う人だから」


 そうだったのか。本当に考えてくれていたんだな。でもなあ。


「どうかしたのか?」


 心配そうに尋ねてくる風祭に、俺は事情を説明した。


「成程な。もし本当にそんな奴が出たら、俺や監督を頼れ。いや、利用しろ!」


「え、でも……」


「いいんだよ。監督に田野を推薦したの俺だしな」


 そうやってニカッと笑う風祭に安堵感を覚え、ここでならやっていけると思うに至り、俺はこの高校に通う事になったのだ。


 しかし高校の三年間で俺の、『前の人を抜けない』と言う欠点は解消出来ず、しかし欠点が分かっていればその対処の方法は分かる訳で、いわば俺の戦法と言うのが、前に誰も走らせない。大逃げ戦法で固まったのが、この高校時代だった。


 そして大学でも風祭と同じ大学に入り、そこで駅伝をやるようになり、俺は第一区間を任される選手となった。


 大学三年の冬。正月二日。箱根駅伝往路のスタート地点である大手町に俺はいる。肩から襷を掛け、この襷を、二区の鶴見で待つ風祭に届けるのが俺の任務だ。


 去年は往路でこそ優勝したが、復路で逆転されてしまった。今年はそんな事はさせないように、部員一丸となって練習に打ち込んできた。今年は風祭が部長で、最終学年だ。風祭の為にも、俺は他大学全員から逃げ切ってみせる。

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