episode4 センニチコウ
<楠見華の独白>
香坂悠一が死んだ。
香坂悠一が予告通り死んだ。
香坂悠一がトラックに轢かれて死んだ。
香坂悠一が満開の花を咲き誇らせて死んだ。
香坂悠一が満足と不満たらたらに死んだ。
香坂悠一が私のせいで死んだ。
救急車を呼んでも死ぬことは分かってるのに私は119番通報を反射的に掛けた。
すぐに到着したが、即死したのは辺りを染めた血が物語っている。
私は到着した救急車に一緒に搭乗した。
病院に着いて一時間経っただろうか。院長と悠一の親御さんらしき人が話している。母親が肩を揺らして泣いているのが見えた。
もうここに居ては行けないと察した私はすぐさま病院を後にした。一声掛けなかったのは私も悪いと思っている。でも、その一言を話す勇気も許しもそこには無かった。
日付はあっという間に過ぎていく。
悠一の葬式は悠一の死を確定させるために始まった。
人の価値は、その人が死んだ時どれだけ多くの人が涙を流してくれるか。
それを見ればわかると言う。
香坂悠一(享年十七歳)の葬式には大勢の人が集まり、多くの涙を流した。
悠一のクラスメイトも全員が参列していた。例に漏れず、私、楠見華も。
皮肉にも順調に告別式が終わった時、
「あなたが華ちゃん?」
帰宅の準備をしていた私に誰かが話しかけてきた。
よく見ると、それは告別式で親族席に座っていた悠一の親御さんだった。
「はい、そうです。この度はお悔やみ申し上げます」
「ええ、来て下さってありがとうね。今まで悠一がお世話になったわね」
「どうして私の名前を?」
「えっ?あー。悠一がよく話してくれたのよ。しかも『明日は楠見と遊ぶんだ!』って、やけに張り切っちゃってね。」
『遊ぶ』だなんて。私の前ではあれほどデートデート息巻いてたのに。
不謹慎かもしれないが、私はくすくすと笑ってしまった。
「あ、すみません」と、咄嗟に謝ってしまった。
「いえいえ可愛いもんね。それでね。悠一からこんなもの渡されたのよ」
先日、教室で書いていたノートをポツポツと語りながら渡してくる。
母親はあまりにも泣きすぎて耳が遠くなってしまいそうなほど長かった。でもなぜか聞いている間は香坂くんがいる気がしてずっと聞いていたかった。
長々となってしまったので要約する。
悠一が昨晩、仮に自分が死んでしまった時、私に渡して欲しいと。華以外の誰にも見せるなと。
「デートへの願掛けかと思っていたんだけどね。本当に死ぬなんて....まさか自分が死ぬことを分かっていた、なんてね?」
私は掛ける言葉を見つけられなかった。
私が教えたなんて言ったら怒るだろうか。私のせいで死んだなんて言ったらもっと泣くだろうか。
「そろそろ片付けに入ろう。業者の方を困らせてはいけない。楠見さんも悠一のことありがとうね」
頃合いを見計らって悠一の父親らしき男性が近づいてくる。そのまま悠一の母親の肩を抱き奥へと向かった。
私も悠一のノートを胸に抱き帰路へと着いた。
その日、私は夕飯も食べずに布団へくるまっていた。ノートは開かずに机に置きっぱなしにしている。
悠一の本心であろうそれを見るのが怖かった。
墓荒らしをして死者を冒涜するような気味の悪さを覚えた。
でも、
それでも、
ほんの二日だけでも愛した───
ほんの二日だけでも愛された───
悠一の遺志にケジメを付けなくてはならない気がした。
重い腰を上げて私はノートをめくる。
タイトルも何も書かれていないごく一般的なノートだから開くまで分からなかったがそれは"日記"だった。
二年前の春から定期的に書かれている。
『四月十一日
今日からここに日記を記していくことにした。
誰から見られることもなく、黒歴史として残っちゃうだろうが、決意表明として単刀直入に書こうと思う。
俺は楠見華が好きだ!!
いやごめん。やっぱめっちゃ大大大好きだ。好きになった理由は恥ずかしいが一目惚れ。これからもっと知ってもっと好きになりたい。
この日記が終わる頃には恋人になって一緒にこの日記見たりしてな。
まあ、これから進展があるたびに書いていこう!』
『四月二十五日
なんとか自然に同じ委員会にはいることができた!
一目惚れした日にも思ったがやっぱり華は優しい。
俺の新しくできた友達は、前髪伸ばして薄気味悪いとか言ってたが……悪いな、それは節穴だ』
『八月二十六日
俺はダメなやつだ。最初はあんなに息巻いていた癖に、四ヶ月経った今ですらなんの進展もない。上の日記がくっそ恥ずかしいぞ。
いや、華の良さは沢山あるぞ。昼食のおかずには絶対卵焼き入れてるし、華の癖は右手で前髪を梳かすこと。
だいたい三十分に一回はしてるかな?
いやいや待て待て、俺はこんなもの書くために来たんじゃないだろ(俺のバカバカ)。
明日から高校の文化祭が始まる。告白とはいかなくても仲は深めたいな。
未来の俺見とけよ!』
『八月二十八日
結論から書こう。
失敗した。いやもう完膚なきまでだ。
俺チキンすぎじゃね?
こんな俺を鍛え直すために当分書くのをやめようと思う。』
『三月七日
ちょくちょく経過報告みたいに書いたけどこんなに多く書こうとしているのは久しぶりだな。色んな努力をした俺に奇跡が起きたんだ。
なんと!二年生もクラスが一緒なんだ!!!
二年と三年は余っ程のことが無い限りクラスが一緒だからこれは勝ち確なのでは!?
気軽とは言えないが与太話を言える程度の仲にはなった……と信じたい。いや絶対にいける!!
おい、チキンとかいうんじゃねえぞ!これは大きな一歩だからな。』
二年生からの日記はより饒舌に熱烈に私について語っていた。私ですら恥ずかしく引きつってしまった。
ふと、頬触ると、生暖かい水が垂れている。瞼が異様に熱い。
でも嬉しい。それだけ、私は確信していた。
ページをどんどんめくっていくと、遂に三日前まできていた。
『四月六日
あれからもう二年経過しちゃったか。
三年生へと進級した今がチャンスだと思うんだ。明日告白する!絶対する!!
場所はどこでしようか?
ときメモみたいに木の下か?あ、でも俺の学校そんな木ねえな。
じゃあやっぱり王道の屋上か。時間は放課後にしよう。部活してるから誰も来ないでしょ』
『四月七日
告白は……した。ついでに別の告白もされちゃった……。
イヤッイヤ イヤ!!!成功したんだぜ。明後日デートしに行くんだ。デートだぜ。デ・ー・ト。
これはもう最高の結果だろ。
でも、俺は明後日死ぬらしい。現実離れしまくってるが、あのカラスを目の当たりにしたら本当だと信じるしかない。
すごくないか、動物の死ぬ瞬間が分かるんだってよ。二年間、俺頑張ったのに分からなかったなんてなんか悲しいけどな……
何がなんでも楽しんでやる!最後はそうだなあ抱きしめてから死ぬか!
死ぬ……か……
あーやべーここまで書いてきたけど、やっぱ死にたくねえなあ』
最後の文章付近には水分で滲んだ箇所が幾つもあった。
『四月八日
明日だぞ!あした!
死ぬのもそうだけど、デートもだ。
やべえ楽しみ。今日寝れっかな?
勉強はーーぜっったいにしない。最後ぐらい楽しませろ!妄想させろ!
今日いつ死ぬか聞こうとしたけどはぐらかされてしまった。できる限り周りに被害は出したくないんだけどな。
これが最後のカキコになっちゃうよな。
明日、弱音吐かないためにもここにたくさん弱音吐いておこう。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
ここまで書いたらもう地獄絵図だな。
こういうのって遺品として中身見られるのかな?うわっ読み返したけどめっちゃ恥ずかしい。
こういうの書く性分じゃないんだけどな。
お母さんお父さん、先立つ不孝をお許しください。俺最後まで格好つけるからさ。笑ってくれよな
あ、そうだ。これを楠見に渡すようにしよう。お母さんに頼んどけばなんとかなるだろ。
ふうーこんなもんかな。
じゃあ行ってきます!!』
「ああああああああぁぁぁ!うあああーーーーああああああ!!ああああ、うぐっ、うぐっあああああああーーーーああーーあああああああああああああああああああっ!ひっうひっあああああああああぁぁぁ!!!!!」
私は泣いた。思いっきり、ひたすらに、ダムが崩壊したかのように止めどなく溢れてくる。くるまっていた毛布を投げ飛ばした。畳を何度も殴った。
親が何か言いにきても我に返らず、ずっと泣いていた。
私には勿体ないくらい優しく能天気で大好きな彼が、私を庇って死んだ。
庇わせてしまったそんな私が許せなかった。
もし、私と彼が出会わなければ結末は変わっていたのかもしれない。
合わなければよかった。好きになれなければよかった。
ああ今すぐ、彼を、悠一を生き返らせたい。
あなたの花を、
枯らせる庭師になりたい
ЖЖЖ
こんな拙くおぼつかないクソみてえな文章が綴られた作品を最後まで読んでくださったみなさん!!
ここに多大なる感謝を申し上げます。
三日前に友人がカクヨム甲子園に投稿することを知り、便乗して書いた本作ですが、我ながら感動する作品を作れたと思います。
暁佳奈先生(めっちゃファンです。ヴァイオレットエヴァーガーデン3周しちゃいました(´>∀<`)ゝ)にこの作品が届くようどうか!どうか!!ハートや星をお願いします。
花を枯らす庭師になりたい まにょ @chihiro_xyiyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます