episode3 ポピー
悠一は能天気だからといって時間にリーズナブルな訳では無い。
夜通し降り続いた雨は奇跡的に晴れていた。
朝にニュースを見る限りでは、近づいていた台風が逸れたらしい。
集合時間十分前に最寄りのイオンの玄関前に着いていた。
昨日は勉強することはなかった。華とのデートに向けての準備もそうだが、明日死ぬとなればシャーペンに力が入らなかった。
寝る前、悠一は自身がどんな感じにしぬか妄想してみた。
先ず、第一に思い浮かんだのは刃物で刺されて出血死だ。強盗やらなんやらから刺されるのが定番だろう。次に思い浮かんだのは落下死だ。この大きなイオンなら落ちて死ぬ可能性は充分にある。
また新たな死亡シーンを想定していると、
「また遅れてごめん」
普段伸ばしに伸ばした前髪は綺麗に整えられていて、いつもよりも眼鏡が鮮やかに見える。
オーバーセーターとスカートを着こなした華は、制服しか見たことない悠一にとって眼福を超えてむしろ目に毒だ。
一言添えるのなら、『美しい』、その一言だろう。
「ううん、寧ろドンピシャ。それはそうと俺はいつ死ぬ?」
昨日の質問をどうしても聞きたい悠一は、張り切ってもう一度詰め寄る。
「昨日決めたんだけど、やっぱりいつ死ぬか話すのはやめる」
「どうしてだよ。教えてくれたっていいじゃない」
楠見は腕を組んでそっぽ向いてしまう。
これ以上深追いは悪手だと感じた悠一は話題を切り替えた。
「今日何して遊ぶ?特に決めてなかったじゃん」
「香坂くんが決めていいよ。あなたのために来たんだから」
『あなたのために』という言葉に脈アリだなと悠一は謎の確信を持った。
イオンのようなショッピングモールには一日で回るには足りないくらい魅力的なものが鎮座してある。
その中でも悠一には目星しているものが二つあった。
本屋と映画観だ。
勿論、悠一が見たいのもあるが、ここでストーカーさながらの観察で積み重なった情報が活きてくる。
LINEのアイコンやTwitterのタイムラインにはいつもとあるアニメが写っていた。
偶然にも、そのアニメの映画が上映されたばかりだった。
これは好機と踏み込んだ悠一は、華にさもその分野について博識であるかのように饒舌に話した。
当たり前だが、ジロジロ楠見を見ていたなんては言わない。
「───、行ってみない?」
「ちょうど、わたしも見たかったの」
明らかに華の顔が綻ぶのが見えた。
早速、券売機でチケットを買って、上映席に座った。
瞬く間に、映画が開始された。
しかし、 あらすじを軽く見通ししたぐらいの未履修である悠一からしたら、最近のアニメーションを褒めることしかてきなかった。
華が披露する一喜一憂の表情はとても癒される。子の時間がずっと続くのではないかと錯覚するほどだった。
程なくして、無事映画も終わった。
「面白かったね」
「そ、そうだね。最近あまりアニメ見てなかったからアニメーションの進化を感じたよ」
「何それ、昭和からタイムスリップでもしたの」
「ははは、もうそんな気分だよ」
「あ、そうだ香坂くん。今見た映画の小説見に行かない?近くに本屋さんあるでしょ」
「あーいいね」
悠一と華がいるイオンには、映画と本屋が向かいに並ぶ形となっている。
これはあくまで悠一の推測だが。映画を見終わった客が関連作品を探したくなる欲求をすぐに満たすために。また逆も然り、本屋で気になった作品で映画の広告がされていたら見に行ってみたくなる欲求を満たせるマーケティング戦略だと考えている。
案の定、今日見た映画の作品は、真ん中の人目が入りやすい場所に鎮座していた。
「そうこれこれ。作者が体調不良で休止中なんだけど。早く良くなんないかなあ」
「おーこうして見てみると壮観だな」
悠一が本の表紙を眺めていると、
「あれー悠一じゃね?昨日ぶり!」
どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえた。
嫌な予感がして、悠一は踵を返す。
「あ、やっぱり悠一じゃん」
それは悠一のクラスの友人だった。
悠一は完全に浮かれていた。昨日の昼休み、新作のゲームについて語っている中で、明日買いに行くことを聴き逃していたのだ。
ゲームを買いに行くだけなら最寄りの場所で済むのは明白なので、このイオンを選んでしまった采配ミスである。
「横にいるのって、あ、あの屋上の噂はガチだったのか!?」
悠一は言葉に詰まった。
華に迷惑がかからない最善策を思案するが、中々巧妙な案が思いつかなかった。
華は後ずさりして逃げる体制へて準備しているようだった。
しかし、その行為こそが悪手だと悠一は知っている。逃げてしまえば、噂は確定したことになってしまう。
「そこでたまたま会っただけだよ。いやーほんとに偶然が重なってるよな。こういうのなんて言うんだっけ?パラドックス?シュレディンガー?」
「それを言うならシンクロニシティだろ。だからはぐらかすなよ。お前らが仲睦まじく話してる所見てたぞ」
「あ、俺も俺も」「なんなら映画館から一緒に出てこなかったか?」と取り巻く友人も入り込んでくる。
四面楚歌とかまさにこのことだった。
「まさかなあ、あの陰気メガネちゃんと遊ぶだなんて。お前クラスで人気なんだからもっと良い奴選べよ」
瞬間、華は悠一の友人がいる反対側の出入口から逃げ出していた。
「おい、待てよ楠見!」
悠一も華を追いかけるために走り出す。が、一旦立ち止まって、
「楠見と俺はそういう関係だから!いや、まだぎこちないしズブズブなのは認めるけど...華の悪口は絶対許さない!!それじゃあな!」
友人は悠一の気迫に押されて、「お、おう」と狼狽えることしか出来なかった。
華は一直線にイオンの玄関ホールを抜けて外へ駆けている。
雨で汚れたバス停。
誰もいない学校。
声が絶え間ない商店街。
あなたに咲く立派な花も何もかも最初から無かったら良かったのに。
「楠見!もう大丈夫だから、逃げんな!!」
悠一は華の手首を掴む。あの時の屋上のように。
「香坂くんには分からないでしょ!沢山気味悪がれて沢山嫌われてたのに、いきなり好意を抱かれたらもう訳わかんないよ!!どうせ香坂くんも罰ゲームかなんかで私に告白したんでしょ。前にもあったよ」
「そんなんじゃねえよ!本当に本当に好きなんだ!!」
「そんなのダメだよ....取り返しがないくらい、香坂くんのこと好きなったら困るの。苦しいの。だから、」
悠一の手を振りほどいて信号を渡ろうとする。
「楠見!危ない!!」
今までにないくらい鬼気迫る勢いで近寄ってくる。
華が渡った信号は赤信号だった。
キキーーーーーーーーーーン!!と泣き叫ぶような爆音を鳴らし、トラックが進んでいく。
ブレーキを使っても止まることはない。
もう、ぶつかると華が直感した瞬間、何か華に衝撃が走り、歩道へと突き飛ばされる。
近づいていた悠一が華を押していたのだ。
そのまま悠一は、押し寄せたトラックと───
血飛沫は噴水のように撒き散らし、トラックとの衝突音は演奏を映えさせるトランペットのように響いている。
「香坂くん!香坂くん!!」
「くす、み?よかった無事だっ、たな」
「今救急車呼ぶから」
華はスマホの電源を開く。時間はちょうど十四時を指していた。
華はそれに見覚えがあった。悠一の死亡時期と重なっている。だが華は知ったこっちゃないと119番へと電話を掛けようとする。
その姿を見ていた悠一は細々と呟いた。
「あーそっか俺って死ぬんか。やっぱすげえな楠見は。誰も巻き込まずにできたのは万々歳じゃないか、なあ楠見。やべえ、弱音吐かないって決意してたのに死にたくねえと何度も思っちまう」
悠一は異様に眠くなっていく。辺りも夜みたいに暗くなる。
西洋文化では死ぬと、金色の風が死者を運ぶ文化があるという。それは死者は蘇ることのない表れだそうだ。
華の目には金色の風は見えない。
しかし、見るも無惨で美しい花が満開に咲き誇っていた。
香坂悠一 十四時三分 死亡
ЖЖЖ
カクヨム甲子園ロングストーリー部門に応募します!!
気に入ってくださったら星をどうぞよろしくお願いします(>人<;)
まじでやばい!終わんない!!
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