11章 怯える人には笑顔で話しかけよう
「――――つまり、何だかよくわかんないけどノリと勢いで殺し合ってた、ってこと?」
「……はい、そうです」
「いや、アホ丸出しでしょ。命の価値軽すぎない?」
礼拝堂に、呆れた声が響き渡る。
声の主は、黒人の配信者。
そして、その前に座る二人。
ジャパニーズ・正座で額に汗を浮かべて弁解する、ガンマンと女侍の姿がそこにはあっ
た。
先程までお互いの命をかけて銃火や剣戟を交えていた二人だったのだが、今はなさけな
く一人の女性の前で跪いて頭を垂れていたのだ。
「……あれ、そういえばイワロフさんは?」
「ああ、あのお人なら……」
男の名前で反応した薫はおもむろに立ち上がると、座席の一角に歩いていく。
そして、
「ほれ」
軽く蹴りを入れると、「ひっ」という悲鳴が上がった。
「……いや、そんなところで何してんのよ」
「えっ、と……」
「つか、そこにいたんならこの二人止めてよ」
「は、はい。すみません」
更に呆れ果てるケンディに頭を下げるイワロフ。
ここに、情けない大人がもう一人増えたのだった。
「……てか、ケンディちゃん? なんでここがわかったの?」
ガンマンの問いかけに、ため息とともに配信者は答える。
「あんたがあたしを置いてってから、あちこち駆け回ってたのよ。したらさ、銃声聞こえ
たから走ってたらここに辿り着いたのよ」
「……案外、耳がいいようで」
乾いた笑い声をこぼす男に、さらに彼女はため息を付いた。
「それにしても」
彼女の目が、チラッと祭壇へ向く。
先程までと変わらぬ、簡易ながらも荘厳さを感じる代物。
だが、違和感があった。
薄く積もっていた埃が一部、消えている箇所がある。
小さな人間の足跡のようなそれは、祭壇の近くを点々と歩いたかのように続いていた。
「……あれ、気付いた?」
ケンディが全員に問いかける。
彼女の言葉に全員が顔を見合わせると、同時に口を開いた。
「「「ついさっき」」」
「……いや、日本のコント?」
まあいいや、とつぶやいた女はゆっくり、祭壇に近づいていく。
スマホのカメラを構え、緊張した足取りで。
そして、祭壇の裏に、カメラを差し込んだ。
瞬間、
「―――――ひっ!?」
悲鳴とともに、小柄な影が飛び出した。
「う、うわぉっ!?」
ケンディが尻餅をつき、彼女の異変と同時に物騒な二人は己の得物に手を伸ばす。
が、その影の正体を見据えた全員が、そっと上げた手を再び下ろした。
薄っすら差し込む光に照らされてなお白い、透き通るような髪色。
まだ 10 にすら満たない幼い体にしては異常にやせ細り、頬がこけ、赤い瞳からは怯え
たような色が浮かんでいる。
とても健康的な状態ではないことは誰が見ても明らかだった。
「……えっと」
「っ!!?」
尻もちから立ち直ったケンディが手を伸ばした瞬間、少女は身を震わせてわずかに見を
遠ざけた。
「あー、完全に怖がられちゃってるね」
「まあ、さっきあんなに怒鳴ってちゃ怖いわな、あんた」
ぼそっと零したカウボーイの言葉に、黒人配信者の鋭い目が突き刺さる。
「……はぁ、まったく」
ため息とともに、彼女は自身のポケットをまさぐり目当てのものを探り出す。
そして、
「はい」
怯える少女に、手の中のものを開いてみせた。
何の変哲もない、一つの飴玉。
赤と白の包装紙に包まれたそれを、ケンディは笑顔で差し出した。
「これ、あげる」
「……」
「食べたらおいしいよ? それで元気出して?」
「……」
苦手だ。
もともと根は内気なケンディにとって、こうも警戒心剥き出しの相手というのはやりに
くさを感じるものだった。
普段の自分を、見せつけられているようで。
「……」
「お?」
そっと。
ゆっくりと、少女の手が伸びる。
怯える瞳や、震える腕は変わらない。
それでも、耐えかねた空腹ゆえか、それとも誰かに縋りたかったがゆえか。
恐怖に染まる表情のまま、差し出された手の中を掴み取る。
包みを開き、ピンク色の飴玉を口に入れた。
「……っ!」
瞬時に、少女の表情が変わる。
口の中に広がる甘い香りが、彼女の恐怖の感情を一変させた。
「……よかった〜。気に入ってくれたみたい」
ほっと一息つくケンディは、改めてスマホのカメラを起動する。
「よしよし、んじゃ、こっから始めますか」
「おいおい、こんなときに撮影すんのか?」
「もち! 何か起こる予感があるなら、撮影するっきゃないでしょ!」
「……気の強いお人やねぇ」
「い、いやいや!? と、止めてくださいよ!?」
三者三様の反応をスルーして、好奇心の赴くままに、彼女は少女の座る場所にカメラを
向けた。
だが、
「ん、あれ?」
彼女の視界の端に、何かが映る。
いまだに飴を頬張る少女の奥。
祭壇で隠れて見えなかったそこに、人が一人潜れるくらいの小さな暗い通路だった。
教会に入ったときには気付けなかった、明らかにこっそりと作られたと思しきそれが、
この場にいる全員の目を引きつけていた。
「? なんだ、これ?」
「あれまぁ、怪しさぷんぷんすんなぁ」
「パニックルーム、にしては、通路っぽいですな」
見た目から胡散臭い者達からも、不審な目が注がれる。
「君、ここから来たの?」
ケンディが飴を舐め続ける少女に問うと、彼女の首が縦に振られた。
「……行ってみるか」
「おいおい、正気か?」
「モチっ!」
自信に満ちた返答だが、それを聞いたガンマンの顔に呆れた表情が浮かぶ。
「わからねぇな。この先は明らかにきな臭いぜ。別にわざわざ危険に首突っ込まなくても
いいと思うが?」
「危険? ならなおのこといかなきゃっしょ!」
男の心配したような言葉とは裏腹に、ケンディのテンションはむしろ上がっていく。
「わからねぇな。一体なんでそんなにヤベェことに首を突っ込みたいんだ? そこの嬢
ちゃんに同情でもしたのか?」
「? なにそれ?」
本気で何かわからないと言いたげな感情が、女配信者の顔に浮かんでいる。
そんな彼女の反応で、周りの者達がさらに疑問を覚える。
「では、一体なぜ、この先を行こうというのです?」
イワロフが謎の通路を指さした。
「そんなもん、決まってんじゃん」
女の口が、ニヤリと歪む。
そして、大仰に、高らかに。
まるで宣言でもするかのように言い放った。
「これも余のため、ネタのため!」
「そのために、あたしはここに来たんだから!」
そう。
彼女の行動原理は、変わらない。
根はどうしようもないほど臆病で、自室で気ままに配信をすることが大好きな女性。
だが一度興味を持てば、脇目もふらずに没頭し突き進む。
それこそ彼女、ケンディ・ロックスターが配信者たる所以であった。
「んじゃ! お先に!」
彼女はそう言うと、先陣を切ってスマホを構え、狭く小さい通路を潜っていく。
「……やれやれ、とんだじゃじゃ馬お嬢ちゃんだな」
「そういう割に、何だか嬉しそうですな」
「なんや、お兄さん、あんな娘が好きなんか? なんや妬けるなぁ」
「茶化すなよな。ったく、締まらねえな」
口にキャンディを一つ含むと、ガンマンも遅れまいと通路を潜って行った。
「やれやれ、これは行くしかないのですかな?」
ロシアン・スパイから不安げな言葉が漏れる。
「まあ、ここで待っててもしゃあないしねぇ。面白そうやと思うんは、うちも同じやし」
「しかし……」
「ここで待っててもええんやで? でも、こんな怪しい通路があるんや。これの関係者が
来たら、また一悶着あるかも……」
「は、早く行きましょうぞ!?」
先程まで以上の俊敏な動きで、イワロフも通路に身をかがめていた。
「やれやれ、しゃあないなぁ」
呆れたように首をすくめる女侍も、殿を務めるように通路に歩を進めた。
いまだ飴に耽溺する、一人の少女を残して。
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