10章 餓狼の戯れ

「「……」」

 二人の男女が、睨み合う。

 一方、ガンマン風の出で立ちをした二丁拳銃の男、ジョーアン・アルレッキーノ。

 もう一方、巫女装束の出で立ちをした日本刀の女性、神薙薫。

 寂れて埃が舞う教会内は今、閑静な雰囲気から張り詰めた殺気の漂う殺伐とした空気感が立ち込めていた。

 互いの動きを、静かに見張る。

 相手が動くよりも、なお速く。

 目の前の敵より、先に動く。

 張り詰めた緊張感がさらに二人の間に増していく。

「……な、なんで、こんなことに」

 そんな二人から身を隠す強面のロシアン・スパイ、イワロフ・カデンスキーの口から漏れる、悲痛な言葉。

 身を隠した椅子の下からわずかに顔を覗かせて、殺気立った二人の行方を見守っていた。

「「―――――」」

 何か。

 何らかのきっかけがあれば、始まる。

 緊迫した空気感が、今にも弾けそうなくらい膨れ上がる。

 そして、

 不意に、廃墟の教会がきしんだ。

「「―――――っ!」」

 動いたのは、ほぼ同時。

 ジョーアンの銃口が薫に向けられ、彼女が下段に構えた白刃が地を駆ける。

 リボルバーの撃鉄が銃弾の尻を叩き、轟音とともに弾丸が標的を抉らんと飛び出した。

―――――勝った!

 ジョーアンの確信はしかし、即座に裏切られることになる。

「ふっ―――――!」

 下段に構えた切っ先が、宙を切る。

 それと同時だった。

 キンっ、という金属音が響いたのは。

「―――――は?」

 信じられなかった。

 彼がこれまでの人生で、日本の漫画の中でしか見たことのない瞬間が起こったことに。

 薫の振り上げた刀の切っ先が、己の放った弾丸を打ち上げたこと事実に、ジョーアンの脳が追いつかない。

「―――――ぼーっとしてはるのは、関心せいへんよ?」

 振り上げた刀をそのままに、女侍はガンマンとの距離を一気に詰める。

 男が我に返る頃には、彼女との距離は銃の有利を全く活かせぬほどに縮んでしまっていた。

「―――――その首、もらうな?」

 女の刀が、振り下ろされる。

 男の首を両断せんと、円弧を描いた白銀の刃が迫る。

 が、

「―――――舐めるなっ!」

 教会内に、金属音が響く。

 ジョーアンは咄嗟に握っていたリボルバーと、懐に隠していた自動拳銃を抜き放ち、十字に交差させて降りかかる白刃を受け止めたのだ。

「……へぇ」

 感嘆の声が、薫から漏れる。

 久しぶりだった。

 ここ幾年以内には、いなかった。

 かつて、先の世界的な大戦であっても、自分の刀を振り下ろされて無事だった者などいなかった。

 だが、今。

 今生において、もはやいないと思っていた逸材。

 己と死闘を繰り広げ、自らを殺してくれるかもしれないと思われる存在。

 それと巡り会えた運命に、彼女の心は歓喜に打ち震えていた。

「……」

 薫の刀を受け止めているジョーアンは、目の前に迫る刃を歯を食いしばって耐えていた。

―――――おいおい、なんだよこれ?

 ガンマンの額に、汗が垂れる。

 彼の目的は、あくまで『配信者』という殺し屋一人。

 本来なら目の前の女侍を相手に大立ち回りをする理由はない。

 だが、どうだろうか。

 ここまで銃火や剣戟を交えて、彼女の実力は予想を遥かに超えていた。

―――――こいつで、いいんじゃねえか?

 男の心に、邪な考えが過ぎる。

―――――いや、こいつがいいんじゃねえか?

―――――俺の、殺し屋としてのデビューの相手には。

「……」

「……何?」

 薫が問う。

「? なんだよ?」

「お兄さん、何を笑ってはるん?」

「……!?」

 唐突に放たれた言葉。

 指摘された本人でさえ気づかなかったことだが、ほんの僅かに隙を作るにはそれで十分だった。

「―――――ふっ!」

 鍔迫りあっていた薫が一歩踏み出し、意識の逸れたガンマンの腹目掛けて蹴りを放つ。

 防御のないそこに突き刺すように、深々と目標を抉るように、男を宙に浮かせた。

「―――――っ!?」

 まともに受ければ、内臓への損傷は免れない。

 それほどの一撃だったが、ジョーアンは蹴りを受ける寸前に自分からバックステップの要領で威力を軽減させた。

 だが、それでもダメージはあったらしく、歯を食いしばって意識が飛ぶのを抑えている。

「「―――――」」

 両人、再び得物を構える。

 ジョーアンは両手の銃を、薫は白鞘の日本刀を。

 自分達の信用を最も寄せる武器を手に、両雄睨み合う。

「「―――――」」

 最初の再現のようだった。

 何か、きっかけがあれば、始まる。

 再び訪れた緊張感が、教会内を包み込む。

 もはや、誰も動けない。

 相対する二人も、隠れて見つめるイワロフも。

 静寂が、室内に訪れた。

 その時だった。

「っ! 誰だ!」

 薫が叫んだ。

 彼女の視線の先には、小柄な影。

 教会の最奥にある祭壇に隠れるその影を、薫の視界が捉えたのだ。

 侍が初めて見せた、明確な隙。

 だがしかし、ガンマンがそれを突くことはできなかった。

「……!?」

 男の視界に、光が飛び込む。

 教会の入り口が、突然開いた。

 そして、

「あーっ! いたっ! って、何してんのあんた達!?」

 大声が響く。

 声の主は、ここの全員が知っている。

 女侍とロシアンスパイが別れ、ガンマン探偵が置き去りにした女性。

 しがない動画配信者、ケンディ・ロックスターのものだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The Liars ~嘘つき達~ 石動 橋 @isurugi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ