12章 勢い任せも、たまには必要

 狭い通路を潜った先は、さらに狭い道が続いていた。

 やっと人が通れるほどの高さと、明らかに人の手が入ったと思しき整備がされた壁。

 暗い道に等間隔にライトが設置され、なんとか人が歩くには問題ない。

 まるでゲームのダンジョンのような道を、4人はそぞろ歩いていた。

「くっら。これじゃカメラで撮っても何も見えないじゃん」

「おいおい、こんな場所でも撮影かよ」

「……あ、足元が見えません」

「なんや、物の怪でも出てきそうなところやなぁ」

「こ、怖いこと言わないでください!?」

 喧々諤々と、4人は薄暗い道を進んで行く。

 すると、

「……あれ?」

 先を行くケンディの足が、ふと止まる。

 彼女の視線の先には、変わらない暗い道。

 その道の先に、薄っすらと縦の線のようなものが見えた。

「……あれって」

 目を凝らして見ると、やっと理解する。

 それは、牢屋だった。

 南京錠がつけられたその檻に、何人もの男女が押し込められている。

 特にまだ10代ほどの子どもが多いように見え、皆ことごとく痩せ細り、うずくまっていた。

「……おいおい、これって」

「まるで奴隷のようですな。この町には人種差別主義者の集団でもいるのですかな?」

「皆はん、えろう痩せとるみたいやねぇ。戦後の日ノ本ならいざ知らず、こんなとこで見るとはねぇ」

 口で述べる感想こそ三様だが、表情は皆共通して暗くなる。

 それなりに場数を踏んでいる面子だが、それでも衰弱し、身動きする元気すら感じられない者達を見るのは、なかなかに堪えるものがあった。

「……なんだかわからねぇが、この町には、胸糞悪い連中がいるみてぇだな」

 噛みしめるように、ジョーアンは言葉を吐き出した。

 無意識に、彼の手は腰のリボルバーに伸びていた。

「……」

 同じように、薫の白い手が刀の鯉口を切る。

 なにか気配があったわけでもない。

 だが己の内から湧き上がる不快感が、無意識に自身の得物を触れさせていた。

「……む?」

 イワロフの視界が、何かを捉える。

 それは、紋章だった。

 赤を基調とした旗に描かれた、星のエンブレム。

 宗教というよりどこかの軍隊を彷彿とさせるそのエンブレムに、ロシア人の男は見覚えがあった。

「これは、革命軍ですかな?」

「? 何々、どしたの?」

 イワロフの呟きに、ケンディが反応する。

「うわ、何これ? 何かの軍隊?」

「かつての共産主義の革命軍。今でもその残党が使っているエンブレムですな。ほとんどの構成員が、メキシコやコロンビアのカルテルに合流したり殺されたと聞きましたが、まさか、こんなところで……」

「……えろう、詳しいんやね、イワロフはん?」

「い、いやいや!? ロシアでは常識ですので!?」

 殺気を放つ女に、冷や汗を垂れ流して弁明する男。

 だが彼らを含め、この場の全員の脳裏に嫌な思考が過ぎる。

ーーーーこの町、何かヤバすぎね?

 自分達を遠巻きに見る現地民に、身分コードがおかしい警察官。

 挙げ句に見つけた、この牢獄。

 どう考えても、この事態は異常そのものだった。

「「「「……よし!」」」」

 その場の全員の、息が合った。

 だが、

「このまま、この胡散臭い連中をブチのめして……」

「「「逃げるぞ!」」」

「……あれ?」

 大人達3人が声を揃えて発した言葉にただ一人、ケンディ・ロックスターが目を丸くする。

 予想していた答えとは真逆の言葉が、彼女の顔を困惑させた。

「ねぇ、ここは一致団結してその革命軍をブチのめそうって流れじゃないの!?」

「アホか。こんなやべぇことしてるイカレ野郎共を相手にしろってか? 自殺志願者じゃねぇぞ」

「それに、ウチらがやり合うても何の特もあらへんしねぇ」

 否定的な言葉とともに、ガンマンと女侍が背を向ける。

「……」

 ただ一人、ロシア人は動かなかった。

 内心、彼だって彼女の言うように、このような蛮行を行う悪党共が許せなかった。

 いくら元赤の同盟といえど、目の前の惨状を見てしまえば無視などしたくない。

 まるでかつて参戦した、地獄のような戦地を思い出すようで。

「ーーーーっ」

 それでも、彼は背を向けた。

 過去のトラウマよりも、目の前の恐怖の方が勝ってしまったから。

「ね、ねぇ!? ちょっ、みんな!?」

 焦るケンディの声が無情に響く。

「ーーーーっ! もういいよ! あたし一人でやるから!」

 彼女は去りゆく彼らと反対へ、背を向けた。

「後で後悔しても知らないからね!」

 精一杯の、捨て台詞。

 彼女以外の誰もが、そう思った。

 しかし、

「もしかしたら!」

 この一言で、全てが変わる。

「この件で名前が売れるかもしれないし!」

 この一言で、ガンマンの足が止まる。

「強い奴と戦えるかもしれないし!」

 この一言で、女侍のすり足が止まる。

「ここで戦ったら、自分に自信つけられるかもしれないのに!」

 この一言で、ロシアン・スパイの動きが止まった。

 偶然にも放った、何気ない言葉。

 だがそれらは確かに、背を向けた強者達の足を止めたのだ。

「もういいよ! みんながそんななら、あたしだけ……!」

「おいおい、無理すんなって」

 彼女の肩に、手が置かれる。

「銃も撃てないおまえが、この状況をどう切り抜けるんだよ?」

「勇敢と蛮勇はちゃうで、お嬢ちゃん」

「ま、まあ、無謀ではありますな」

「……みんなどうしたの? 手のひらドリルすぎじゃない?」

 三人の心変わり様に、彼女の口からため息が漏れる。

 だが、悪くない。

 この感じは、全くもって悪くない。

「んじゃ、やったりましょうか! まずは敵さんをどう崩すか……」

「それに関しては、私に考えがあります」

 そう口を開くのは、この中で一番ビビリだったロシア人。

 自信に満ちた彼の手は、ポケットの中。

使うことはないだろうと思っていた、古くなった携帯電話が握られていた。



「……てかさ、おまえは何で戦うって決めたんだよ?」

 ガンマンが配信者に尋ねる。

「? そりゃ、動画のためだけど?」

「……は?」

「だって、悪を成敗する勇者達! ってした方が、動画映えするじゃん!? 再生数爆上げじゃん!?」

「……締まらねえな」

 


 

 


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The Liars ~嘘つき達~ 石動 橋 @isurugi

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