6章 やったら逃げろ

「すいませーん」

 来客を告げるドアベルの音とともに、二人の男がダイナーへ足を踏み入れる。

 二人とも中年の男性だが、着ている特徴的な制服からおそらくこの町の警察官なのだろうことが見て取れる。

 腰にはリボルバー入りのホルスターがぶら下がっており、明らかにただの休憩でこの店に入ってきたわけではないのは明らかだ。

「あんちゃん達、ちょっといいかな?」

「あん?」

 警官二人は食事中の二人に近づくと、警戒心を隠そうともしないジョーアンの反応を無視して話しかけてくる。

「君達、この辺りじゃ見ない顔だね? 観光客か?」

「え、ええ。そうっすよ?」

 突然の来訪で脳の処理が追いつかないケンディにターゲットを定めたのか、警官達は彼女一人に視線を向けて話し始めた。

「そうですか。実は今朝方、この町のあるホテルから通報がありましてね」

「つ、通報、っすか?」

「ええ。なんでも、今朝にチェックインした観光客が騒がしくてクレームが来たみたいでして、もし何かご存じでしたら、お話し伺いたいのですが?」

「……さ、さ~ぁ? 何のことかな~?」

 自分達だ。

 彼女の直感が秒速で働く。

 確かに騒ぎにはなったが、まさか警察が飛んでくるほどのものだとは露ほども考えていなかった。

「……何か、ご存じですか?」

「……」

「ちょっと、一緒に来てもらえますか?」

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」

 焦るケンディの腕を、警官の一人が掴み掛る。

 その時だ。

「待ちな」

 静かな声が一つ、店内に響く。

「あんたら本当に警察か?」

「あん?」

「この町に来てから、警察署なんて見たことなくてよ。しかもこんな辺境だ。朝に通報を受けて来るにしたって早すぎるんじゃねえか?」

「……現に来てんじゃねえかよ」

「どうだかな。その服装がパレード用じゃないって保証がねえしな」

 訝しむジョーアンの言葉に、警察官二人の視線が鋭くなる。

 鋭い視線が交差する彼らの間に、冷たく張り詰めた緊張感が漂い始めた。

「……あ、あれ? なんかこれ、ヤバい感じ?」

 この嫌な空気感に当てられたケンディは、冷や汗とともに右往左往と視線を動かす。

「……わかったよ。これ見せりゃいいんだろう?」

 降参とばかりに溜息をつく警官の一人が、己の警察手帳を男に突きつけた。

 顔写真とともに描かれた警察のシンボルを、ジョーアンはじっと観察する。

「……」

「へへっ、どうだ? ちっとは信用してくれたかな?」

 ニヤリとほくそ笑む警官の一人の様子に、ケンディはこっそりと安堵の息を漏らした。

「……ああ、安心したよ」

「だろう? だったら……」

「安心したぜ」




「あんたの警察IDがよ、存在しないはずのナンバーってことによ」




 瞬間、警官達の手が素早く動く。

 己のリボルバーに手を伸ばし、ホルスターから即座に引き抜く。

 だが、彼らが手にした銃を構えるよりなお早く、轟音が店内に轟いた。

「――――遅いぜ、あんたら」

 一つの口笛とともに、男の手にしたリボルバーから硝煙が立ち昇る。

 男達が動き出した瞬間に、ガンマン探偵は即座にホルスターから愛銃を引き抜くと撃鉄を叩いて銃弾を叩き込んだのだ。

 一発ずつをそれぞれ放ち、合計二発。

 一発を放つまでの時間は、秒より速いを超えて刹那の域。

 そんなクイックショットを食らった男達でさえ、おそらく気づくことはなかっただろう。

 もはや神業めいた銃撃が、自分達の体を抉ったのだと。

「……へ?」

 ケンディは言葉が出なかった。

 目の前で瞬時に行われた、命のやり取り。

 突如起こった非日常的な光景に、理解が追いつかない。

 突然生じた銃声と、倒れ伏す男達。

 そして、そこから去来する硝煙と血の匂い。

 思考を放棄しないと、正気を保てないほどの現状がそこに転がっていた。

「……あー、放心状態のところ、悪いんだがよ」

 いまだ放心状態の続く配信者に、ジョーアンは手を挙げながら申し訳なさそうに口を開く。

「早く逃げた方がいいぞ。こいつらの仲間が来る前に」

 言うが早いか、男はすぐさま席から立ち上がる。

「あ、ちょ、ちょっと!?」

 気が付いた様子の女性の悲鳴をそのままに、ガンマン探偵は店から飛び出し寂れた街路を駆けだした。

「……」

 彼女を置いてきたことが、気にならないわけではない。

 だが念のため、意識は取り戻したことは確認したし、何よりこの状況で行き刷りの人間に優しくできるほど自分は紳士ではないのだ。

 これがいつも愛車のメンテナンスを任せている妹なら、大きく話は変わったのだろうが。

「……全く、締まらねえな」

 頭を振って、気持ちを切り替える。

 早く身を隠せる場所を探さなければ、銃声を聞きつけた連中の仲間が自分を探しに来るだろう。

 しかし、どこを走ろうが身を隠せそうな建物がない。

 もともと建築物の少ない町なのだが、ここにきてそのことが仇になっていた。

 ホテルに帰るということも考えたが、あそここそ今戻れば袋のネズミだ。

 そもそも、ホテルのフロント係が連中とグルだったら意味がない。

 この町にいる人間は、今は全く信用できない。

「……」

 考えろ。考えろ。考えろ。

 少なくとも身を隠せるような、おそらく誰もいないであろう場所。

 走りながらも、必死に思考を巡らせる。

「……あ」

 そして、やっと思い当たった。

 即座に踵を返すと、目的の建物へと駆け出す。

 目指す場所は、ただ一つ。

 朽ちかけていた、あの教会。

 埃とすすにまみれたあの場所は、直近で誰かが踏み入れた形跡はなかった。

「……頼むぜ、神様よ」

 信じてもいない神に祈りながら、男はさらに脚を早め、目的の場所へと歩を進めるのだった。

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