4章 人探しは別れた後で

 時は遡る。

「……配信者? 殺し屋? 何なのさそれ?」

 ケンディが眉をひそめて、薫に視線を送る。

 当の本人は気にしていないようで、特になんてことなく返事を返す。

「そうやねぇ。なんか有名な殺し屋さんらしいねんけど、うちも会うたことあらへんねん。けど、どうしても会うてみたくてここまで来たんよぉ」

「……いや、胡散臭すぎっしょ。てか、殺し屋? 怖すぎだって」

「そうやねぇ。でも、こっちにいるって聞いたからここまで来たんやし、せめて手がかりくらいは欲しいわぁ」

 ドン引くケンディに、薫は困ったように頬に手を当てる。

 また、ここまで口を挟まずに通訳を続けていた男、イワロフも片手間に思考を巡らせていた。

 名前だけは、聞いたことあった。

 アメリカで最近名が売れている、稀代の殺し屋。

 自分では手を下さず、ターゲットを始末した一部始終を動画に撮影しアップロードする異端の人殺しの名は、はるか遠くロシアの地にも響いていた。

『……まさか、その名をここで聞くことになるとはな』

 いぶかし気な表情を浮かべるが、イワロフは薫とは真逆のことを考えていた。

 任務の障害となり得るというのもあるが、何より彼の敏感な恐怖心が激しく警鐘を鳴らしていたからだった。

「……大丈夫ですか、いわろふはん? 少々顔色が悪いご様子みたいやけど?」

「あ、ああ。大丈夫です」

「もしかして、殺し屋ってワードにビビったんっしょ?」

「!? い、いや、そんなまさか!?」

「もう、かわいいな、このこの~」

 図星を突かれて慌てるロシア人をおちょくるように、ケンディはニヤニヤしながら彼の頬をつつく。

「でも、この町にいるってんなら探せば見つかんのかね? その人の特徴とかはあんの?」

「いんや、全くわからへん。もう手探りなんよ」

「……話聞いてて思うんだけど、よくそれだけの情報だけで探す気になんね」

 情弱すぎっしょ、と呆れる彼女だが、ある意味これは更なるネタを得るチャンスだった。

「……よし! とりま、これからその人探しに行こっか!」

 思いついたら即実行。

 下手なミサイルより突飛な彼女の思考は、このネタを逃がすまいと行動することを決めたのだった。

 そんな彼女の発言に、冷や汗を流すイワロフは焦った声を上げた。

「い、今からですか!?」

「もち! まあまとまって動くにはこの町は広いから、二手に別れよう! あたしは単独! 英語話せない薫さんとイワロフさんでチーム組んで!」

「うちはそれでええよ。よろしゅうな、いわろふはん」

「……はい」

 どこか遠くを見るように、何かに助けを求めるように。

 通訳係りのロシアンスパイは、窓の外に視線を投げる。

 そして、無慈悲に揚々と照りつける太陽に溜息を一つつくと

「……わかりました」

 と言葉を漏らす。

「ただ、部屋に荷物を置いてきてからで構わないでしょうか?」

「あ、そかそか。そういえばまだそのままだったね! んじゃ、30分後にロビーで合流しよっか!」

 解散っ! と叫ぶ配信者の女性は高いテンションのそのままに自身の準備を始めた。

 イワロフはそっと部屋から出ると自身の部屋に入り、念入りに鍵を閉める。

「……まったく、ややこしい事態になりましたね」

 溜息とともに、手にした鞄を開く。

 旅行鞄に念入りに梱包されたそれを、丁寧に開封する。

 それは、分解された銃のパーツ。

 年季の入ったその銃を、慣れた手つきで手早く組み立てていく。

 完成するまでに時間がかからなかったそれは、これまでの彼の歴戦の証だ。

 もう製造はしていない、旧ソ連製の狙撃銃。

 通称ドラグノフと呼ばれるこれは、彼の父親の形見だった。

 かつての紛争地での任務での戦死報告とともに送り届けられたこの銃を、彼は大事に扱っていた。

 使う機会などない方がいい。

 だが、今回は嫌な予感がする。

 もはや勘の域を出ないが、準備しておくのに越したことはないだろうと己に言い聞かせる。

 折り畳んで鞄に詰め込んでいたフィッシングバッグに狙撃銃を入れると、背中に背負ってドアノブを握った。

 だがふと、視線が鞄に向けられる。

 男の視線の先には、一台の携帯電話があった。

「……使う機会など、なければいいが、な」

 にらみつけるように携帯を手に取ると、ズボンに思い切り突っ込んだ。

「……さて、行くか。これも、祖国への手土産になると信じるとしよう」

 全ては、我が偉大なる祖国のために。

 その信念を胸に刻み、左遷されたロシアンスパイは再びドアノブを握ったのだった。


 それが、ケンディが二人と別れる前の出来事だった。

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