3章 探偵は一人、町を歩く

 ジョーアン・アルレッキーノは一人、明るくなった町中を歩いていた。

 日中であるというのに人通りはない。

 正確にはまばらにいるのだが、誰もが目を合わせようとすらしない。

 話しかけようと近づいても、さっと離れて行ってしまう始末。

 これでは調査どころではないと判断し、溜息をつきながらも途方に暮れてしまっていたのだ。

「……しゃーねーな。昼ぐらいまでは散歩でもするか」

 バツが悪そうに頭をかくと、ジョーアンはポケットから棒付きキャンディーを取り出すと、口に含んで歩き出す。

 外見をカウボーイっぽくしたんだから、タバコでも吸えば様になるのかもしれないと考えたこともあった。

 だがいざ吸ってみるとむせ返ってしまい、とても吸えたもんじゃない。

 それどころか、落としたタバコの火が家のカーペットに落ちてしまい、危うく一家全焼になってしまうところだった。

 あの時の、地獄の悪魔の如き形相の妹の顔は、今でも彼の脳に鮮明に刻み込まれている。

 以降、せめて見栄だけでも張ろうと口に棒付きキャンディーを咥えているのだ。

「……まあでも、やっぱり締まらねぇな」

 一つ自重していると、目の端に一際目立つ建物が飛び込んでくる。

 それは、古びた教会。

 2階建ての小さなものだが、小さなステンドグラスに聖母マリアのモザイク画が刻まれた立派なものだった。

「へぇー、田舎とはいえ、そういえばここは映画の舞台とかにもなったんだっけか?」

 何となく感心したようにつぶやく男は、ふと思う。

 ここなら流石に誰かいるのでは、と。

 それなりに古そうな外観ではあるし、教会なら神父やシスターといったこの地に根ずく人がいるはずだ。

 何より、特に当てもなく彷徨うよりはマシだろうと、男はそっと重厚な扉を押し開けた。

 きしむ音とともに、強烈なかび臭さが鼻孔に飛び込む。

 ステンドグラスから差し込んだ光が薄暗い礼拝堂を照らし、舞い上がるほこりが男の視界の邪魔をする。

「……誰か、いないのか?」

 巻き上がるほこりと砂に目をしかめながら、ゆっくり銃に手をかけて恐る恐る足を踏み入れる。

 何の気配もしないことに、嫌でも緊張が高まってしまう。

 薄暗い教会内を、目を細めて一歩踏み出す。

 そこで、ふと視界の端に映った。

「……ん?」

 教会の奥へと伸びる、一つの筋。

 ほこりの全く積もっていない道が、慎重になっていた男の目にははっきりと見えたのだ。

「……これは、なんだ?」

 目を細めて、さらに一歩踏み出す。

 だが、

「―――――っ、げほっ、掃除しろよ、ひでぇな」

 さらにほこりが舞い、口から咳を吐き出し目に涙がにじむ。

 腕で顔を覆って目を凝らし、何とか室内をさらに見据える。

 すると、暗がりの中、何かが動いた。

 礼拝堂の奥の台座近く。

 豪奢に設えられたその台座の足元で、白く、小さな影がかすかに映ったのだ。

「あれは、こど―――――っ!」

 口にしようとした瞬間、視線を感じて即座に背後をむく。

 リボルバー式の拳銃を抜き放ち、いつでも放てるように引き金にかかる指に力を籠める。

 そして、その銃を向けられた人物から、


「わ、うわわわわっ!? ちょ、タンマ!? 撃たないで!?」


 慌てた様子の高い声が響いた。

 快活な雰囲気を纏った、年若い黒人女性。

 両手を挙げてホールドアップする彼女からは、敵意や殺気の類は全く感じない。

 ジョーアンが目を細めて焦点を合わせると、その女性の顔に見覚えがあることを思い出した。

「あんた、あのボロホテルにいた……?」

「ん、あれ? もしかして、お兄さんもあのホテルにいたの?」

「……何だよまったく、締まらねぇな」

 目を丸くして驚いた表情をする女性、ケンディ・ロックスターにジョーアンは溜息をついてキャンディーを一つ、口に含んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る