1章 ボロホテルだよ、全員集合!

 アメリカ合衆国テキサス州。

 アメリカとメキシコの国境を有し、その土地の大半が広大な砂漠だ。

 乾燥した大地にハイウェイが走り、人や物資を西へ東へ橋渡す。

 そんな乾いた陸路の途中に、その村はあった。

 サン・サリバドール。

 かつては西部劇の舞台にさえ使われていたこの村は、今ではすっかりメインの通りにさえ人通りがない。

 ブームが去って村の収入が減って以降、この村の人口は減少し続け、現在では一部の住民だけが残って村を経営し続けているのだ。

 そんなすっかり寂れたこの村への入口に、一台の大型トラックが止まった。

「んじゃ、ここまでだな! いい旅を!」

「おう! ありがとうね、おねえちゃん!」

 愛想のいい笑顔で親指を立てると、トラックの運転手は重厚なエンジン音を吹かせて去っていった。

 ケンディ・ロックスターにとって、今回は幸運だった。

 酒の勢いでヒッチハイクで偶然止まってくれたのが、先程のトラックねえちゃんだった。

 大した距離じゃないと思っていた本人だったが、夜中に女の子がふらついていたことに道中では初対面の運転手から説教続きだったのだが。

「ふぁ~。ねみ~」

 あくびを噛みしめながら、彼女は村の中をふらふらと歩く。

 まだ朝になった直後からか、それとももともとこうなのか、町の大通りにもかかわらず人の姿はまるでない。

 時折吹きすさぶ砂を巻き上げる木枯らしさえ、心地よい子守歌に感じるほどだ。

「……えーっと、とりあえずホテルは、っと」

 ケンディはあたりを見渡し、目的のホテルを探す。

 この小さな村では、ホテルやモーテルなどの宿泊施設なんて1つくらいしかないはずだ。

 寝ぼけ眼で歩き続けていると、それは見えてきた。

 外観から見て、明らかに古そうなホテル。

 横長の朽ちかけた建造物は、ホテルというよりモーテルの方が近いだろうか。

 申し訳程度に備え付けられている駐車場には、車が一台もない。

「……ハハっ、わかってはいたけど、こりゃ儲かってねえな。ま、寂れてるわけだし、しょうがないか」

 乾いた笑いを浮かべる彼女は、引きつった顔のままホテルの敷居を跨いだ。

 簡素なエントランスだった。

 古ぼけてはいるが清掃が行き届いたそこは、意外にも居心地の悪さは感じない。

 最低限のもてなしをしようとはしているのだろうが、それでも老朽化の波には逆らえないのか、壁にはわずかにひびが走っている。

「へぇ~、意外といいじゃん」

 思わず出た言葉に、フロントの受付の目が向く。

 鋭く向けられた視線に彼女はビクッと身を震わせ、それとなく視線を逸らした。

 そんな時だった。

「お客さん、どうかしたんですか?」

 大きな声が、フロントに響く。

 ケンディが驚いて向けた視線の先には、もう一人のフロントが目の前の先客に必死に話しかけていた。

 何とか伝えようと問い続けるフロント係の男の目の前には、若い和服の女性。

 細長い袋状の物を携えた、日本では巫女服と呼ばれる服を纏う黒髪の女は、黙ったまま男の言葉を聞いていた。

 いや、黙っているしかなかった。

 目の前の男が、何を言っているのかわからなかったから。

「……」

 女の手が、そっと袋に伸びる。

 この男は、何なのだろうか。

 何を言っているのかわからないが、敵意はない。

 だがもし、何かおかしな動きをするようなら―――――。

 何も言わず、男を観察し続ける女。

 瞬間、

「おにいちゃん、この人と同室で!」

 軽い調子の英語が投げられる。

 和服の女、神薙薫が顔を横に滑らすと、いつの間にか隣に立ちフロントに乗り出すように身を預けるケンディが、彼女に親指を立ててニッと笑っていた。

「……えーっと、お知り合いの方ですか?」

 突然割り込んできた女性に、フロント係が問いかける。

「うん! ここで待ち合わせしてたんだ! ごめんねー、一人でほっぽっちゃって!」

「……え~っと?」

 不意を突かれて困惑する薫を他所に、ケンディは手早く宿泊手続きを済ませていった。

 絶好の機会だった。

 ただの寂れた田舎のリポートだけだと思っていたら、目の前にオリエンタルな服装の美女の登場。

 これは、ネタだ。

 それも特大の。

 これを逃すなど、彼女の頭にはなかった。

「いいから、話合わせて。悪いようにはしないから」

「……」

 ケンディは優しく話すが、薫にはやはり、何を言っているかわからない。

 少なくとも敵意は感じない。

 口調も先程の男よりも激しくない。

 だが、それだけだった。

「う~ん、困ったわぁ」

「? 何? どうかした?」

 思わず薫から日本語が出るが、英語しかわからないケンディが今度は困った顔をする。

 次の瞬間、

「彼女は話を合わせてくれ、と言っているのですよ、日本のお嬢さん」

 慣れたような日本語とともに、二人の女性の背後から大柄な影が近づいてくる。

 2 m近くある巨大な体躯のロシア人。

 頬に走る傷跡は、目の前の人物がただ者ではない雰囲気を醸し出していた。

「ひっ……!?」

「―――――っ!」

 ビビるケンディに、袋から刀を引き抜く薫。

 二者二様の行動を見せる二人に、目の前のロシア人は、

「ギャー! お願い! 殺さないでー!」

 悲鳴を上げて許しを乞いだした。

「……?」

「はい……?」

 予想外の反応を示した男に、二人は顔を見合わせて疑問符を浮かべる。

 そして、ケンディだけはニヤリと口元を歪ませた。

「おにいさんさ、もしかしてこの人の言ってる言葉、わかる?」

「? は、はい。わかりますが?」

「ならさ、あたしの通訳やってよ! この人の言ってることわかんなくてさ!」

「えっ!?」

 初対面の女性からの突然の提案に、男、イワロフ・カデンスキーの目が見開く。

 彼からしてみれば、町で一つしかないホテルに入ってみれば、受付で困ってる女性が二人。親切に声をかけると怖がられるだけでなく、あまつさえ刀を手に取られる始末だ。

 そんな災難な状況の上に、さらに通訳をやってくれという意味が分からないことを依頼されたのだ。

 正直、すぐにここから逃げ出したいくらいだ。

「い、いや、わたしは……」

「いーや! あんたはもう逃がさない! さあサムライのおねえちゃん! この人捕まえるの手伝って!」

「いやー!? 誰か!? 語学がわかる大人の人呼んでー!?」

「……何なんやろうなぁ、ほんまに」

 騒がしさと同時に、混迷を深めるホテルのエントランス。

 そんな彼らを尻目に、更なる来訪者が入口を潜る。

「……なんだ? 外観に反してずいぶん騒がしいな」

 ロビーの喧騒に目を細めて、ジョーアン・アルレッキーノはロビーの受付へと歩を進めた。

 そして、ホテルの受付を呼ぶと、騒がしい一行に絡まれないようにそっと話しかけた。

「すみません。宿泊1名で。それと、……あそこにいる人達とは部屋を離してください。できるだけ、遠くに」

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