プロローグ④ 動画配信者

「イエーイ! みんな見てる~?」

 軽快な電子音とともに、明るく軽妙な声が響く。

 薄暗い室内に2つのモニターの明かりが、画面の前に座る人物を照らしている。

 20代前半くらいの、黒人の女性。

 水着を思わせる際どい服装にホットパンツ。

 肌寒いのか黄色のパーカーを上に羽織っている。

 健康的で艶やかな肢体は、見る者を蠱惑的に誘惑することだろう。

 彼女の黄色い瞳に画面の明かりが映り、目の前に流れていく無数のコメントを順繰りに目で追っていく。

「今日も楽しみにしてくれてたか~? あ、jekさん、スパチャありがと!」

 二カッと笑顔を浮かべる女性は、キーボードをとマウスを巧みに操り、コードのつながったカメラにピースサインを送った。

「さあ! 今日も『ミスジョーク』の配信、始めるよ~! 今日やるのは、このゲーム!」

 大仰な身振りとともに、的確なタイミングで配信画面を切り替え、スタンバイさせていたゲームを起動する。

 配信者としての名前は、ミスジョーク。

 本名を、ケンディ・ロックスター。

 最近売り出し始めた動画配信者だ。

 ハイスクール卒業とともに大手動画配信サイト『Yeah Tube』に投稿を始め、現在登録者200人のファンを抱えている。

 配信の主な内容はゲーム実況。

 特に上手いわけではないが、無難な操作と高いテンションで徐々に人気を獲得してきていた。

「―――――はい! 時間が来たので、今日はここまで!」

 時刻は深夜0時。

 気が付けば、配信を開始してから2時間半が経過していた。

「それじゃ! 次の配信までシーユーネクスト! じゃね~!」

 いつもの挨拶を終え、エンディング画面が流れる。

 別画面で配信画面を確認し、無事に映像、音声ともに切れたことを見届けた瞬間、

「……ふぅ~」

 と、息をつく。

 フラフラとした足取りで冷蔵庫まで歩いていき、キンキンに冷えた缶ビールを取り出し、思い切り煽る。

 強烈な炭酸とともにホップの苦みを喉の奥に流し込み、配信で疲れた気持ちを一時的に高揚させる。

 だが、そんな心が上がるはずの彼女が吐き出した言葉は、

「……つまんね~」

 だった。

 事実ケンディ自身、この活動にマンネリを感じていた。

 いつものようにゲームをして、いつものようにそれをクリアしていく。

 それが楽しくないわけではない。

 ゲームは好きだし、彼女を応援してくれているファンも喜んで見てくれているのは何よりも支えになってくれている。

 だが、一方でこうも思っていた。

「……こんな配信、誰でもやってるよな」

 そう、彼女の懸念はここだった。

 多すぎるライバル達と、いつか伸び悩むであろう再生数。

 動画配信サービスが普及して以降、数多の配信者達が生まれては消えていった。

 今はついてきてくれているファンも、ずっと同じようについてきてくれるとは限らない。

 どんなに今は笑顔でついてきてくれていても、いつまでも同じような配信を続けていては見ている視聴者も飽きてきてしまう。

 そんな漠然とした不安が、彼女の脳内をずっとぐるぐると回っていたのだ。

「……あたし、配信者むいてないのかね」

 ポツリと、言葉が漏れた。

 この弱気な発言は、今に始まったことではない。

 もともと彼女は内向的な性格なのだ。

 配信している時は視聴者達を楽しませるために、見た目は派手に、口調はテンション高いキャラクターを演じている。

 だが、一度配信が終了するとこんな内気で気弱な性格が出てきてしまうのだ。

「……」

 溜息をつき、ふとカレンダーを見る。

 次の配信予定は明後日。

 それまでは特に予定はなし。

「うーん、休みか~」

 ややけだるげにつぶやきながらも、無意識にキーボードを叩く。

 何か、大きなことがなくてもいい。

 ただ、この漠然とした不安感を拭い去ってくれさえすれば。

 そんなどこか投げやりな期待を思った時だった。

「? うん?」

 ぼーっと画面を流し見ていた彼女の目に、ふと気になる羅列が目に入る。

『もはや廃れた町!? かつて栄華を誇ったアメリカの町7選!』

 だれが書いたのかさえわからない記事だった。

 お世辞にも褒めているような記載は少ない。

 だが、そんな三流記事でもケンディの目に留まった理由は、至極単純だった。

「……ここ、めっちゃ近くじゃん」

 そう、至極単純。

 彼女の住んでいる町から、近かった。

 ただ、それだけだった。

 だがそれだけでも、今の彼女の足を軽くするには十分だ。

「―――――よし!」

 ニッと笑ったケンディは、即座に立ち上がるとそそくさと準備に取り掛かった。

 一泊二日の、なんてことない旅。

 でも、それでいい。

 行った先をレポートするだけでも、十分配信のネタになる。

 新規の層を取り入れるため、そして何より、このマンネリを打破するため。

 酒と深夜のテンションも相まって、今の彼女はもはや止まらなかった。

「さて! 行くか!」

 意気揚々と家を飛び出す。

 外は深夜ということもあり、誰もいない。

 砂塵の舞う静かな町が、彼女を出迎える。

 そして、家を出てすぐに、やっと気づく。

「……あれ、どうやって行くか」

 正直、何も考えていなかった。

 ここにきてようやく、アルコールで温まった頭も冷えてきたのか、根本的な問題に直面する。

「……」

 とはいえ、ここで引き返すという選択は存在しない。

 ここで引き返しても、何の意味もない。

「……仕方ない、か」

 溜息とともに歩を進める彼女は、一先ず大通りまで出て行った。

 大型のトラックやバスくらいしか通らない太いハイウェイ。

 街灯も少ないそこにたどり着いた彼女は、なるべく明かりで目立つ場所に身をさらすと、

「―――――ヘイ!」

 サムズアップとともに、二カッと笑顔を見せた。

 それは、先程までの不安げな顔はどこにもない。

 配信で見せる、『ミスジョーク』としての彼女の顔。

 これから起こることも知らない配信者は、未知なる場所に期待を込めて、通りに来る車両を待ちわびていた。


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